3 三日後

1/1
前へ
/6ページ
次へ

3 三日後

「外川くん」  数日後。枝依中央署二階の廊下で都築巡査と鉢合わせた。相変わらず爽やかな笑みを(たた)えている。 「お疲れさまです、都築さん」 「後遺症とかない? 大丈夫?」 「はい、なんともないです。D班E班含め、眠ってしまったやつらもすっかり復帰してますし」 「そっか、よかった」  あのあと、俺は総合病院の処置室で目を覚ました。あたりを見渡すと、あのとき催眠ガスを吸った全員がそれぞれ医療処置を受けていた。小山内は眠りが深く、それから半日後に目を覚ました。 「早速で悪いんだけど、二、三聞き取りしたいから、あとで刑事課に一人ずつ来るように伝えてくれる?」 「は、はい。声、かけときます……順番に」  都築巡査の目を見られない。後ろ暗いことがあるからいっそう顔に出る。俺は沈黙を怖がって、俯いたまま訊ねる。 「結局、あの、か、かたゆでたまごは、捕まった、んですか?」 「いんや、取り逃がしちゃった。だぁから土橋課長、またキリキリしてんの。空気めちゃ悪だよ、覚悟してね」  うわぁ、聞き取りされたくない……。俺は苦笑いで「わかりました」と小さく返した。 「あとね。回収した盃に――」  ビクッと肩が震える。心臓が飛び出しそうだ。  あのときの、暗がりの中でライトに照らし出された彼女の顔をふっと思い出した。あんなに恐怖に怯えた彼女は初めて見た。それに、彼女がかたゆでたまごに加担していただなんてなにかの間違いであってくれと願わずにいられない。  どうか、瑠由ちゃんだとバレていませんように――。 「――キミの指紋がたっくさんついてて、正直めちゃめちゃ笑ったよ」 「へ……?」 「ん? なに、意外?」 「あ、い、いえっ。そ、そんなに握ったかな? ってのと、壊れてなくてよかったぁー、ってのとで、びっくりして、つい」 「あはは、でも本当にお手柄だったよ。よく奪取してくれた。ありがとう」  バシバシと肩を叩かれる。明らかに俺の方が背が高いから、都築巡査の手がよく肩に届いたなって感じだけれど。 「悪の組織に一人で立ち向かえたことは、キミの警察人生に於いて輝かしい功績のひとつとなるだろう!」 「あ、それ現場でもやってましたよね? 土橋課長のマネです?」 「ブフーッ、正解! 似てるだろ? きひひひ。知り合いの探偵さんにも好評なんだよぉ」  なんでもないような都築巡査に、俺はひとまず胸をなでおろした。都築巡査もそれ以上は言ってこないし、盃から彼女の痕跡が出なかった、ということでいいのだろうか。聞き取り調査のときに、ヘタを打たないよう心がけるしかない。  一方で。  瑠由ちゃんは、相変わらずグラビアモデルの仕事を続けている。それは雑誌で常々確認しているから知っていたことだ。  二十代後半にもかかわらず、あのボディスタイルは健在だ。二年前から年齢層がもう少し上の雑誌に移動になったことで、露出の際どさだって増えたけれど、表紙を飾る頻度は以前とさほど変わらない。  グラビアモデルの裏でかたゆでたまごをやっていた……ってことなのだろうか。どうして、いつから、なにが彼女にそうさせているんだ――訊きたいことは日増しに降り積もる。  俺が警察官を続けていれば、またいつか現場で会ってしまうのだろうか。そのとき、俺はどうするのだろう。  立ち寄ったコンビニで見かけた瑠由ちゃんの妖艶な笑みを手に取った俺は、巡り合いなる見えないものに対して初めて歯噛みした。                      おわり
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加