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 届けたい。   少しでも早く、あのお婆さんに新聞を届けてあげたい。  少年はその一心だった。  まだ朝日は出ておらず、真っ暗だった。それが寒さを余計に増幅させていたが、少年は気にならなかった。  むしろ自転車を全力でこいでいたので、熱い身体に冷気が気持ちいいくらいだった。  少年が新聞配達のアルバイトを始めたのは、半年前だった。  内容は早朝の配達だった。  どの家もまだ寝ている時間帯だったが、一軒だけ朝早くから老婆が起きている家があった。   「夜、早く眠るから、朝も早く起きちゃうのよ」  老婆はそう言って笑った。  朝、誰もいない街で、一人配達をしていると、言いようのない孤独を感じる。  そんな中で最後の一軒であるその家で老婆と簡単な話をするのは、いつの間にか少年の密かな楽しみになっていた。  彼女は毎朝、早く起きては静かに庭に水やりをしていたが、やがて少年のためにミルクやジュースを用意してくれるようになった。 「新聞読むの、そんな面白い?」  少年はある時、聞いた。  ニュースならスマホで事足りる気がしたのだ。  老婆は少し照れながら言った。 「実はね、この新聞記事に毎日、俳句を投書してるの」  自転車に積み込む時、少年はこっそりと新聞を読んでいたので、俳句欄が新聞の中程にあることは知っていた。 「まだ載ったことはないんだけどね。いつか載るの、楽しみにしてるの」 「ふーん」  口では軽くいなした少年だったが、それ以来毎日新聞の俳句欄をチェックしていた。  そして、ついに。   「載ってる! これ、あの人のだ」  老婆の名前の俳句が載っていることを確認した少年は、いつもより急いで自転車をこいでいた。  早く届けたかった。  早く見せたかったのだ。  そのことばかりに集中していて、脇から飛び出してくる猫に気づかなかった。 「っっっ!」  声を出す間もなく、急ブレーキをかけた自転車は転倒した。
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