第1話 平成の終わり頃

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第1話 平成の終わり頃

 どうしてなのかは今でもわからない。  学校帰り、新橋で独りで泣いていた。  何時間泣いていたかわからない。 しいていえば、空が暗くなり、ビルの看板のネオンが眩しく感じ始めるまでだろうか。  ひとしきり泣いてから、ふと前を向くと、緑のベストを着た男子学生に抱きしめられた。困惑した。  耳もとで彼はささやいた。 「やっぱり茉理子(まりこ)は俺が居ないとダメだな」  その声で、相手が私の知る人物で、大切な人であることに気付いた。  さらに優しい声が降り注ぐ。 「とりあえず、新橋(ここ)を出て、どこか落ち着ける喫茶店まで移動しよう」  言われて、頷いた。当時の私はどうかしていた。  私の知る人物は、涙で濡れた手を繋いで歩き出す。  果たしてこんな時間でも喫茶店なんてやっているのだろうか。  それ依然に、今私の手を引いて前を歩く彼と自分の関係性が気になる。  高校生の私達。  今年の3月で転校していったはずの彼とは友達以上恋人未満の関係のままだったが、今は彼は私のことをどう思っているのだろう?  皆目検討もつかない。  もう5月だよ?   何故今私の目の前に居るの?   信じられない。  徒歩と電車で新橋を出て、20分くらい階段を上って地上に出て一番近い喫茶店の個室に移動した。  正方形のテーブルをはさんで向かい合って座った。  その頃には私は顔と眼鏡をタオルハンカチで拭い終えていた。 「どう? 落ち着いたか?」 「(さとる)くんこそ、どうしてあのとき新橋に居たの? 私に気付いて抱きついたの?」  悟くんは優しい笑顔で答えてくれた。 「実は、親の仕事の関係で東京に帰ってきたんだ。今日は本屋で教科書とか大学ノート買ってきた帰り道で新橋が通り道だから偶然茉理子を見かけたんだ」  一度冷めてしまった温もりに、また温かみが加速していくのが、自分で感じた。  しかし、これは期待していいのだろうか。   本当は期待なんかしちゃダメなんじゃないだろうか。  胸の内で迷いが生じた。 「そういう経緯があったんだね」  期待は、今はしないでおくことにして、眼の前に置かれたお冷を一気飲みした。 「茉理子はどうしてあそこで泣いていたの?」 「わからない。気がついたら泣いてた」 「何だよ、それ?」  悟くんに苦笑いされてしまった。  だって本当にわからないものはわからないんだもの。しょうがないじゃない。 「私と悟くん、また以前と同じ関係になれるのかな」 「転校前と変わらないよ」  こころのなかのシャンデリアが明るくなっていき、明かりが一気に広がっていくのが自分でわかった。 「いつからどこのクラスに?」  悟くんが笑顔になった。 「安心しろ、茉理子。お前と同じクラスだ。明日から」  すぐに抱き合いたくなる衝動に駆られたけど、ぐっと堪えた。  私たちはまだそこまでの関係じゃない。 「なら良かった」 「俺と話しててだいぶ落ち着いたみたいだな。そろそろ帰るか?」  言われて、何だか急に寂しくなった。  しかし、お互い学生である身分上、確かにそろそろ帰らなければならない。 「そうだね、帰ろうか」  以前と同じように割り勘して喫茶店を出た。  曇り空の下、私は悟くんと途中まで一緒に帰る。 「じゃあ、ここで。次は学校で会おうな」  駅の改札を出て少し歩いたところで、悟くんが言った。 「そうだね。バイバイ」 「バイバイ」  私たちは別れた。  時はいよいよ令和が近づいていた。  
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