友達と義理チョコ

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本当に好きな娘から義理チョコをもらった。  僕には仲の良い友達がいた。名前は小坂泰道。あだ名はヤッチ。サッカーが得意で学校のクラブ活動だけでなく、少年サッカーチームでゴールキーパーを務めるスポーツ少年だった。対して、運動神経を母のお腹に置いて来たような自称文学少年の僕、青木正太、通称アオベーは不思議と仲が良かった。  そして、僕にはとても好きな娘がいた。阿藤弓子。運動神経が抜群に良いとか、勉強がすごくできるという訳ではないが、よく笑う明るい綺麗な娘だった。その娘と仲の良かった元村夕子も元気で可愛い女の子だった。  阿藤さんのことを好きになったのは、小学校5年生の時の学芸会で劇をやった時からだった。劇のストーリーは仲良し3人組の小学生がいて、その内の1人が宇宙人から超人的な力を授けられて、どんどん傲慢な性格になり、仲の良かった3人の関係が壊れるというお話しだった。  僕と阿藤さんは、3人の内の2人の凡人の役だった。 僕のセリフ「僕たちは2人になっても、ずっと仲良しでいようね」それに応えて、 彼女が「うん!」と言って、2人は手を繋いで舞台袖に捌けるというシーンがあるのだが、この手を繋ぐという演出は本番で急遽追加されたものだった。  小学5年生にして、僕は恋に落ちた。  月日が流れ、小学6年生になり、春が過ぎ、夏が終わり、秋になった頃。家庭科の授業で僕とヤッチと阿藤さんと元村さんとその他2名と同じグループになった。小躍りしたいくらい嬉しかった。毎週の家庭科が楽しみだった。そして、調理実習で「フルーツサンド」を作ることになり、それぞれの担当の材料と当日持って来る物を決めた。  僕は、来週の家庭科の時間には、阿藤さんの手作りの料理が食べられると、若干、気持ちの悪い下心を抱えてワクワクしていたのだが、ヤッチが微塵も下心の無い爽やかな声で「みんなで材料買いに行こうぜ!」と言った。何だかちょっと腹が立ったが、みんなと一緒に同意した。とても楽しい買い物だった。  とてもとても楽しい買い物だった。僕は担当の生クリームの元を買った。明日の調理実習も楽しみだ。そんな気持ちだった。調理実習当日、40度近い熱が出た。生クリームの元は妹が僕の代わりに届けてくれた。悲しかった・・・。  月日は流れ、年が明けた1月の半ば頃だったろうか。日が暮れるのも早く、クラブ活動が終わる4時くらいには、綺麗な夕日で教室が赤くなっていた。僕は将棋クラブで、阿藤さんと元村さんは手芸部だった。同じ文化系のクラブだからか、帰りの教室で会うことが多かった。この日もそうだった。たわいの無い話しから始まったのだろうが、ほとんど覚えていない。次の元村さんの言葉が衝撃的だったから。 「アオべー、小坂って好きな人いるの?私が思うに、弓子のことが好きだと思うんだけど、聞いたことない?」 「え、いや、分からない・・・」実は分からなくない。 「そっか、アオベーは誰か好きな人いるの?」 「いや、塾にちょっと気になる娘が・・・」塾になど行っていない。 「そっか・・・」 「阿藤さんは・・・ヤッチのことが・・・?」僕は恐る恐る聞いた。 「うん、私、小坂のことが好きなんだ」 「私、弓子と小坂は絶対両思いだと思うんだよね。アオベー、小坂に聞いておいてよ」 「うん、分かった・・・じゃあ、また明日」  そう言って、ランドセルを持って教室を出ようとすると、ヤッチがクラブを終えて、教室に入って来た。 「お!アオベー一緒に帰ろうぜ!」 「ごめん、今日、塾だから急いでて、また明日」塾など通っていない。  教室に入る小坂と教室を出る僕。阿藤さんのいる世界といない世界の二つに分断されたような気がした。1人で教室を出ると夕日に照らされた赤い富士山が見えた。とても綺麗だった。  僕は嘘をついていた。調理実習の日から数日が過ぎてから、小坂と学校帰りに近くの公園で話す機会があった。 「アオベーって阿藤のこと好きなの?」 「え、いや、全然・・・」動揺しながら、誤魔化した。 「そうなんだ、小5の時に、アオベーが阿藤のこと好きって噂があったから、ちょっと気になってたから、よかった。俺、阿藤のこと好きなんだ。」 「え、そうなんだ。いいじゃん」 「アオベーは元村いきなよ!そしたら、4人で遊べるじゃん!」  僕は小坂の気持ちも阿藤さんの気持ちも知っていた。いや、知ってしまった。でも、どちらにも何も伝えることをしないままに、また、少し時間が流れて、2月14日バレンタインデーの日が来た。僕たち4人はそれぞれの気持ちを知らないまま仲良し4人グループにはなっていた。僕は複雑な気持ちではいながらも、阿藤さんと話しができるだけで嬉しかった。    「アオべー、チョコ!小坂にも!」元村さんからチョコをもらった。  放課後の教室で、何人かのクラスメートが残っていてチョコをあげていた。この時は、割とバレンタインデーの行事は盛んで、義理チョコ、本命、それはあげた本人にしか分からないけど、女の子たちは堂々とチョコを男の子にあげていた。そして、僕は阿藤さんからもチョコをもらった。当然、小坂ももらった。僕とは明らかに大きさが違った。 「2人で作ったんだよ」元村さんが笑顔で言った。僕は、阿藤さんの手作りの料理を食べるという調理実習で潰えた夢に辿り着いた。  僕は小坂への嫉妬と罪悪感で話しができなくなっていた。それどころか、あからさまに避けたり、冷たい態度を取っていたように思う。ヤッチは何も悪くないのに。  そして、卒業式を迎えた。阿藤さんは卒業式で泣いていた。たくさんの良い思い出があったのだろう。僕が邪魔をしなければ、もっと素敵な思い出がある卒業式だったのではないだろうか・・・。  式が終わり、皆が校庭で写真を撮ったり別れを惜しんで話しをしたりしていた。僕たちもいつもの4人と数人で集まっていると、クラスメートの一人が、 「写真撮るよ!並んで!」と声をかけてくれた。 その声に、ぎゅっと密になって並んだ。僕の左隣りに阿藤さん、右隣りに小坂がいた。阿藤さんと僕の距離は小5の演劇以来の近い距離だった。 「撮るよ〜!はい!チー」 その瞬間に、右隣りのヤッチと位置を入れ替わった。ヤッチは僕を驚いたような顔で見た。僕はその顔を見て頷いた。彼も僕の目を見て頷いた。 「もう動かないで!もう一枚撮るよ!はい、チーズ!」  阿藤さんとヤッチは満面の笑顔で、僕はカメラから目を逸らすような苦笑いで卒業の記念写真に収められた。  家に帰って自分の部屋に行き、机の上に飾られていた阿藤さんからもらった義理チョコを手に取った。一ヶ月以上開いていない。開いた。白い毛が生えていた。カビていた。食べた。飲み込んだ。吐いた。泣いた。
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