ビッグプロローグ 4

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 そして、そんな私の心の内が、私の態度に出たのだろう…  「…どうしたんですか? …お姉さん?…」  と、葉尊が聞いた…  私の夫が聞いた…  が、  私は、答えんかった…  素直に、心の内を明かさんかった…  なぜなら、この矢田は、実は、この夫を信頼していない…  心の底から、信頼しているわけでは、ないということだ…  まるっきり、信頼していないわけではない…  ただ、心の底から、信頼していないということだ…  だから、答えんかった…  「…」  と、なにも、言わんかった…  が、  さすがに、なにも、言わんのも、おかしい…  なにも、言わなければ、夫が、おかしく感じるからだ…  だから、  「…葉尊…オマエが、バニラを擁護するのも、わかるさ…」  と、言ってやった…  「…なんといっても、バニラは、オマエのお父さんの愛人…娘のマリアは、オマエの妹だ…血が繋がった実の妹だ…」  と、言ってやった…  と、  その瞬間…  葉尊の顔が、歪んだ…  一瞬だが、歪んだ…  が、  すぐに、何事もなかったように、  「…そうです…」  と、言った…  いつもの表情で、言った…  しかしながら、私は、その一瞬を見逃さんかった…  明らかに、表情が、歪んだ瞬間を見逃さんかった…  この葉尊…  実は、心の中では、バニラのことを、よく思っていないことは、明らかだった…  が、  それは、当たり前…  とりたてて、驚くほどのことでも、なんでもなかった…  葉尊は、今、29歳…  父親の葉敬は、60代前半ぐらいだろう…  ことによると、まだ50代かも、しれん…  その愛人が、あのバニラだ…  23歳のバニラだ…  29歳の葉尊より、6歳も年下のバニラだ…  面白いはずがない…  私が、葉尊の立場なら、面白いはずがない…  ハッキリ言えば、嫌だ…  いくらなんでも、父親の愛人が、息子の自分より、6歳も、若く、しかも、娘までいる…  自分と血が繋がった娘までいる…  これは、誰が、どう考えても、葉尊が、面白いはずがない…  気分が、いいはずがなかった…  当たり前だった…  しかしながら、さすがに、この矢田も、それを口にすることは、できんかった…  いかに、夫婦になったとはいえ、さすがに、言っては、いかんことがある…  口にしては、いかんことがある…  これも、その一つだと、思ったのだ…  だから、言わんかった…  さすがに、言わんかった…  が、  だからといって、なにも話さないわけには、いかんかった…  だから、なにか、話そうと、思った…  が、  私が、口を開くよりも、早く、葉尊が、  「…どうしました? …お姉さん?…」  と、聞いてきた…  だから、私は、  「…いや、アムンゼンのことさ…」  と、言った…  話題を変えることにしたのだ…  マリアのことを、話題にして、当たり障りのないことを、言おうとしたが、それでは、葉尊が、気分が、良くないかも、しれん…  マリアの話題から、離れるに、限ると、判断したのだ…  が、  私は、目の前の葉尊が、なにか、違って見えた…  つい、今の今まで、いた葉尊では、ないように、感じた…  だから、  「…オマエ…葉尊じゃないな…」  と、言った…  「…葉問か?…」  私が、言うと、葉問が笑った…  不敵に笑った…  「…お久しぶりです…お姉さん…」  「…久しぶりさ…」  私は、言ってやった…  実を、言うと、この矢田トモコ…  この葉問との方が、葉尊といるよりも、気が合う…  なぜか、わからんが、気が合う…  単なる相性の問題かも、しれんが、気が合う…  なにより、葉尊といるときよりも、緊張しない…  二人きりでいるときは、ゆったりするというか…  安心する…  が、  さすがに、それを口にすることは、できん…  誰にも、口にすることは、できん…  だから、これは、誰にも、言ってないから、秘密というか…  誰も、知らない、この矢田の秘密だった…  知られてはならない、この矢田の隠れた秘密だった…  が、  それを、こともあろうに、この葉問が、見破った…  あっけなく見破った…  「…お姉さん…なんだか、ボクといると、いつも、楽しそうですね…」  と、言ったのだ…  私は、内心、慌てたが、急いで、  「…そんなことは、ないさ…」  と、言ってやった…  急いで、否定してやった…  すると、葉問が、苦笑いを浮かべながら、  「…そうですか? …ボクの勘違いですか?…」  と、言った…  だから、  「…そうさ…オマエの勘違いさ…」  と、ダメ出しした…  この葉問と葉尊は、いわば、コインの裏と表…  表が、葉尊…  裏が、葉問…  葉尊は、おとなしい…  が、  葉問は、真逆…おとなしくない…  ハッキリ言えば、ヤンキー上がりだ…  私は、正直、ヤンキーが嫌い…  嫌い=苦手だ…  が、  不思議なことに、この葉問は、苦手じゃない…  これは、実に不思議なことだ…  しかしながら、真実…  真実だ…  そして、これは、出会ったときから…  この葉問と出会ったときから、そうだった…  初対面で、嫌いになれんかった…  初対面で、好きになったわけではない…  ただ、嫌いでは、なかったというのが、正しい…  以前、ある女性の作家が、恋愛について、語ったことをネットで読んだことがある…  その女性作家は、恋愛小説の名手だった…  そして、今回は、恋愛小説を書くのではなく、実際に体験した恋愛のノンフィクションを書くべく、複数の女性たちに、インタビューを試みた…  その結果は、意外なものだった…  普通、小説やドラマや、映画だと、いわゆる、起承転結がある…  具体的には、出会った当初は、嫌いだった相手が、なにかの出来事をきっかけに、好きになり、やがて、恋人同士になる…  それが、定番だ…  しかしながら、複数の女性にインタビューをした結果は、最初から、好きだったというのが、大半だったそうだ…  これは、意外だった…  そして、思わず、笑ってしまうのは、これを小説にしたら、編集者に、  「…起承転結が、なくては、困ります…」  と、言われてしまうことだったというオチまでつけて、笑わせた…  が、  それが、真実かも、しれんと、私は、思った…  現実に、男女を問わず、最初、大嫌いだった人間を、大好きになったというのは、普通は、あり得ない…  最初、嫌いになったのには、当然、理由がある…  多くの場合は、なんとなく、嫌い…  生理的に、無理…  と、いうものだ…  だから、なにが、あろうと、好きになることは、あり得ない…  現実は、大抵、そういうものだ…  稀に、  最初に、  …嫌い!…  と、断言するのは、相手を意識するからだと、いう意見もある…  嫌いは、好きの裏返し…  なぜなら、意識するからだ…  意識しないのは、興味がないという言葉が、あてはまる…  好きでも、嫌いでもなく、興味がないという言葉があてはまる…  嫌いということは、少なくても、意識するからだ…  だから、嫌いが、なにかの、きっかけで、好きになる可能性はある…  しかしながら、その可能性は、低い…  とんでもなく、低い…  ただし、現実は、とんでもなく低くても、ドラマや小説では、そうでなければ、面白くないから、そうする…  嫌いだった相手を好きになる…  そういう展開にする…  そういうことだ…  そして、私が、なぜ、長々と、こんなことを、説明するのかと、言うと、実は、私は、最初から、葉問が、好きに近かったということだ…  葉尊を嫌いではない…  ただ、葉問といる方が、安心する…  葉問といる方が、ホッとする…  それが、答えだった…  この矢田の心の内だった…  そして、そんなことを、考えながら、この葉問を見た…  目の前の葉問を見た…  一体、なぜ、葉問が、ここに現れたのか?  考えた…  答えは、ただ一つ…  葉尊が、立ち位置が、悪くなったからだ…  葉尊の居心地が悪くなったからだ…  私にバニラのことを、聞かれて、居心地が悪くなったから、とっさに、葉問にバトンタッチした…  それが、真相だろうと、思った…  だから、私は、  「…葉尊が、ピンチになると、葉問…オマエにとって代わるな…」  と、言ってやった…  わざと、言ってやった…  すると、だ…  「…いえ…」  と、葉問が、笑った…  不敵に笑った…  まるで、この矢田を挑発するかのように、不敵に笑ったのだ…  私は、許せんかった…  この葉問が、許せんかった…  だから、  「…葉問…なんだ? …その笑いは?…」  と、怒鳴った…  つい、怒鳴ってしまった…  が、  葉問は、笑いながら、  「…ボクが助けたのは、葉尊では、ありません…」  と、言った…  「…だったら、誰だ? …誰を助けたんだ?…」  と、聞いてやった…  すると、意外や意外…  「…ボクが助けたのは、お姉さんです…」  と、葉問が、言った…                <続く>
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加