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クッキー
「あーん、もうっ! どうしてうまくいかないのよー」
二月十三日。夜。二十二時三十分。私はひとり、キッチンで格闘していた。
憎き対戦相手はオーブントースター。実家から持ってきた妹のおさがりの四角いやつ。扉を開けると煙とともに怪物みたいな物体がなかから顔をのぞかせる。これはすでにクッキーではない。まるでオープンモンスターだった。
「なんでほとんどレシピ通りにしてるのに、うまくできないのよー」
キッチンに悪臭が立ちこめる。これで本日、三度目の失敗だ。もともと料理は得意な方じゃない。
「あー、もう! こんなことなら、料理上手な二歳したの妹から、ちゃんといろいろ習っておけばよかったよ!」
そういえば、昔、妹も言っていたな。
「お姉ちゃんは格好ばかりこだわって、どうしてちゃんとレシピ通りに作ろうとしないの?」
三角巾にマスクに手袋にゴーグルまでしている私をいつも叱る。
「ほとんどレシピ通りに作ってるじゃん」
「ほとんどじゃダメなの! ちゃんと忠実に作りなさい! アレンジとか、オリジナリティとかっていうのは、ちゃんと作れるようになって初めて試してみるものなの」
「はいはい。わかったわよー」
「比奈お姉ちゃん! 『はい』は一回でいい!」
「はーい」
なんて実家に住んでいたころから、ダメ出しをくらっていたな。料理も勉強も恋も、なにごとにも真面目で一生懸命な妹の里奈。対して、なにごとにもいいかげんな私。まあ、そんな真逆の性格でも近所で評判になるくらいに仲がよかったんだけどね。
「はあ……」
私は目のまえのオープンモンスターをクッキングシートごとざらざらとゴミ箱に捨てた。すでに前回二回分の山があるが気にしない。まだ明日のヴァレンタインデーまで時間はある。それに、クッキーの材料もあと一回分残っている。
「……あー、もうしょうがないなあ。私がやるわよ」
どこからか妹の声が聞こえる気がする。実家にいるころは、見るに見かねて里奈が代わりにいろいろ作ってくれたっけ。でも、今は妹はいない。私は絶賛、ひとり暮らし中。遠くにいる妹にたよれないなら、私が自力で作るしかないのだ。
「ふう」
気を取りなおして、練って伸ばした生地を型でゆっくり抜いていく。こんな粘土みたいなものがサクサク食感のクッキーになるなんて、その原理がまったく理解できない。だけど、ありったけの想いをこめて星の形を量産していく。
先輩の口にあわせるために、バターも砂糖もレシピよりも多めに入れた。こってり濃厚な味と芳醇な香りが鼻から抜けるバタークッキーを作ることが今回の私のミッションのゴールなのだ。そのためにはクックパッドなど華麗に無視する。
「あー! またお姉ちゃんは、レシピ通りに作ってない!」
どこからか、また妹の声が聞こえてくる。うるさい空耳だ。私はとにかく真剣なのだ。今回だけは、絶対に成功させたいんだ。
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