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ゼロ
一週間後、私は黒い服を着て先輩の実家に最期の挨拶をしに行った。どんぐりくんや、大学のサークルのみんなが泣いている。私は開始時間からだいぶ遅れてしまったため、行列をなす人々が花を棺桶に入れているところで合流した。
「ううっ……光輝くん、どうして……」
そう口々に漏らしながら女の人が泣いていた。おそらく、大学のサークルの人たちだろう。私は喪主である彼の父に挨拶をして花を一輪受け取った。先輩が入っている棺桶に近づいていく。
ごめんね、先輩。嘘ついちゃったね。
心のなかで、そうつぶやく。
でも、やっと私の願いが叶った。妹を弄んで、自殺に追いやったこの男をこの手で葬ることができたんだ。私の心は晴ればれしていた。
「死因は青酸カリだって。毒の入ったクッキーを食べたらしい」
どこかでそんな台詞が聞こえる。
「ヴァレンタインだし、誰かにもらったのかな?」
「さあ。指紋も残ってなかったみたいだし、犯人はわかってないみたい」
それはそうだ。証拠を残さないために、お菓子作りのさいちゅうだって三角巾とマスクをして手袋まで着用したんだ。そんなヘマをするわけがない。
私は涙を流す女の子たちの横を通過し、先輩の棺桶に花を入れる。棺桶のなかの先輩はなにも言わない。いや、なにも言えない。あの日死んでしまった妹の里奈のように。
先輩はあいかわらずイケメンですました顔をしている。この顔に惚れちゃう女の子は妹だけじゃなく、他にもたくさんいるよねきっと。サークルの女の子たちも、みんな泣いてるもんね。だから、先輩は自分がなにをしてもいいって思ってるんだよね。SNSで高校生にDMをして、言葉たくみに口説いて呼び出して、無理やり犯しても、自分がイケメンだから相手は傷つかないと思っているんだもんね。実際、妹だって夏に私に送ってきたメッセージの写真では「イケメンな年うえ彼氏ができるかもしれない」って浮かれてたしさ。
でもね、私は妹や他の女の人たちとは違うんだ。
私は、あなたに復讐するためだけに近づいたの。
だって私はあなたを愛していたことなんて、最初から最後までゼロだったんだから。
私は黒いコートの裾をひる返し、先輩の実家をあとにした。
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