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奈良橋響子
それからまもなく花火は終わり、歓声と拍手も終わると人だかりは一斉に動き出した。
わたしたちは混雑を避けるべくしばらく待ってから出ようと話をしていたので、横並びに河川敷に腰を下ろした。
さわさわとゆっくり流れる人混みを背に、花火の話で盛り上がる。すごかった、きれいだった、迫力があった。そんな単調な言葉しか出てこないほどにわたしたちはみんな、楽しい気分に浮足だっていた。
「斉藤くん?」
みんなと話をしている時だったのに、多くの人のざわめきの中の小さな呼び声だったのに、その声に気が付いてしまったのは、それが晃司くんを呼ぶ声だったから。だから、晃司くんも気が付いて、後ろを振り向いたのだろう。
「奈良橋さん」
人の流れを避けるように少しだけ道から外れて寄って来たのは、となりのクラスの奈良橋響子だった。
同じ学年の生徒なら彼女のことを知らない人なんていないと断言できる。サラサラとまっすぐ背に伸びる髪、すらりとした手足に小さな顔、ぱっちりとした瞳。芸能界にスカウトされたなんて噂を聞いても、それはそうだろうと納得してしまうような美人が彼女、奈良橋響子だった。
さらに彼女は夏祭りらしく浴衣を着て髪も上品にまとめ上げていた。制服とは違う、女のわたしから見ても華やかで色気のある姿に、友だちがわぁっと声を上げる。
「奈良橋さん、浴衣きれい」
「すっごく似合ってる」
そんな歓声に合わせるように、微笑む彼女にわたしも声をかけた。
「ほんと、きれいだね」
言いながらわたしは感じていた。心の隅っこからもやもやと雲がかかってくるのを。
わたしたちは六人でいるのに、どうして彼女は晃司くんの名前を呼んだのだろう。
晃司くんは彼女の浴衣姿を見てどう思ったのだろう。
さっきまで楽しかった気持ちが翳っていくのを、わたしは抑えられなかった。
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