黒い雲

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黒い雲

「奈良橋さんも来てたんだ」    女の子の歓声が収まったあと、晃司くんはそう話しかけていた。横目で見ると目を細めて笑っている。    だって、奈良橋さん、すっごくきれいだもん。    翳る気持ちは収まらない。もやもやと広がるこの気持ちを、わたしは嫉妬だとはっきり自覚した。    だから見ないで。晃司くん。奈良橋さんのこと、見ないで。    何かを攻撃するような棘を感じながらそう思った。   「そうなの。姉と来てたんだけどこの人混みでしょ。はぐれちゃって。電話は繋がったからこのまま帰ることにしたの。ねぇ、私も一緒にいていい?」    友だちはもちろんと、むしろ嬉しそうに手招きしていた。見た目だけでなく、明るくていつも人の中心にいる奈良橋さんは、そこにいるだけでぱっと空気を明るくする。    だけどそんな空気とは裏腹に、まるで夕立の直前のように、みるみるうちに気持ちに真っ黒な雲がかかっていく。わたしはみんなと同じように楽しそうな笑顔を取り繕うのに精一杯で、何も話すことができなかった。心の棘は力無く萎れ、今度はサァサァと雨が降ってくる。    ……嫌だな。もう帰りたい。    何よりも自分自身が嫌だった。  誰も悪くなんかない。ただ奈良橋さんがとてもきれいで、晃司くんや友だちも楽しく過ごしているだけ。それが嫌だなんて、わたしのわがままと嫉妬は大馬鹿だ。それは分かっているのに、心はどんどん黒く染まっていく。雨の音がうるさくて何も耳に入ってこなくなっていく。    晃司くんだって、男の子はみんな奈良橋さんみたいにきれいな子が好きだよね。    怖くて隣が見られなかった。悔しくて視界がじわり、滲んでいく。
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