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雨
「大丈夫?」
雨音の隙間から静かに声が聞こえた。顔を上げると、晃司くんが少しだけ顔をこちらに寄せて心配そうに見ている。
「だ、大丈夫。ちょっと暑くて疲れちゃったのかも」
泣いていたのに気付かれたくなくて、ハンカチで汗を拭くふりをする。だけど伏せているのに気付いてくれたことが嬉しくて、静かに雨は止んでいく。
そろそろ帰ろうかということになり、わたしたちは立ち上がって道沿いへ進み始めた。花火が終わってから時間は過ぎたものの、屋台を見ながら歩く人たちでまだそれなりの人混みだった。
「気分どう?」
「もう大丈夫。ありがとう」
話しかけてくれたことが嬉しくて、もっと話したくて、でも何を話せばいいのか分からなくて。前を歩く浴衣姿に、考えるより先に口が開いていた。
「奈良橋さん、きれいだよね」
言ってしまった瞬間から後悔が押し寄せる。奈良橋さんじゃなくて、わたしを見てほしいのに。わたしが奈良橋さんになんて勝てっこないのに、どうしてこんなこと言っちゃうんだろう。
心の中がまた、ずるずると黒くなっていくのを感じた。
こんなのばっかり。後悔してばっかり。こんなわたし、嫌いだ。
止んだはずの雨がまた降る。水たまりができるように、じわりと視界が滲む。
「でもさ」
明るく晃司くんが言う。ほかの子を褒める言葉なんて聞きたくなかったけれど、会話ができることがそれでもやっぱり嬉しくて、わたしは顔を上げた。
「おれ、浴衣の冬木も見て見たかったな」
「え……?」
聞き間違いかと思って晃司くんをじっと見るけれど、かすかに赤いその顔が間違いなんかじゃないと言っている。その顔と言葉が頭の中をぐるぐると回ってから胸にすっと入ってきたとき、とぉんと小さな花火が咲いた。
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