初恋が生まれた日

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「それで、昨日はそれに夢中になってて、気付けば夜中の三時で……創くん、聞いてる?」 「あ、うん。聞いてる聞いてる」  ある日の放課後。  せっかくのデート中なのに、上の空だったようだ。  確か今は、佐久間さんが好きな作家さんの話と、気に入ってる小説の話をされていたはずだ。  笑って誤魔化すと、佐久間さんにムッとした顔をされる。 「繰り返した」 「え?」 「聞いてる聞いてるって、二回言ったってことは聞いてないってこと」 「ご、ごめん」 「嘘だよ。本気で怒ってるんじゃないから、気にしないで」  ドーナツを頬張る佐久間さんは、やさしくて可愛い。こんな地味で冴えない自分を好きになってもらえたのは奇跡に近いし、俺も佐久間さんが好きだ。  それなのにどうして、一緒にいることを心から楽しめないのだろう。 「創くんはマフィンとか好き?」 「うん。すごく好き」 「そっか。じゃあ今度、作って渡すね」  かつて佐久間さんと出会ったショッピングモールのドーナツ屋でぼんやり思う。  そういえば、バレンタインはもうすぐだ。  千歳は、クリスマスの時みたいに、一緒に過ごすか?とは訊いてこない。イベント事は彼女と一緒に過ごすのが当たり前だと思っている。  ドーナツ屋から出て、目的もなく歩き出す。  佐久間さんは頬をわずかに上気させていた。   「創くん、どこか寄りたいところはある?」 「本屋さんでも、行く?」 「うん」  手が柔らかいものに触れた。  つんと指先でつつかれたと思ったら、手をぎゅっと握りこまれた。  突然すぎて心臓が跳ねる。こんな、人がたくさんいるところで。  佐久間さんって、おとなしそうに見えて結構大胆だ。 「あ、創」  すれ違いざまに誰かに名前を呼ばれて振り向くと、千歳がいたので目を見開いた。  繋がれた手に視線がいったのを感じ取った俺は、反射的に佐久間さんの手を振り払っていた。  (あ、やばい。俺思いっきり……)  彼女はほんの一瞬、気落ちしたような顔を見せたけど、すぐに笑顔で千歳を見上げた。 「創くんのお友達?」 「あぁはい。あなたはもしかして……!」  好奇心むき出しの千歳の瞳にうんざりする。  なんだよ、あなたって。  彼女です、と佐久間さんが言うと、千歳も彼女と同じような笑みを浮かべた。 「マジかー。めっちゃ可愛いですね」 「え! とんでもない! でも、ありがとうございます……」  佐久間さんは恐縮しながらも、嬉しそうにペコペコと頭を下げている。  振り払ってしまった華奢なその手をチラッと見てから、俺も千歳を見上げた。 「何してるの、こんなところで」 「歯医者って言ったじゃん」 「ここのに通ってたんだ……」  確かに行くとは言っていたけど。  彼女と一緒にいるところを見られたくなかった。  絶対、何か言ってくるに決まってる。
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