初恋が生まれた日

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 これ以上の痴態は晒したくなくて、俺は踵を返して本屋から出た。  佐久間さんに構っていられなかった。  千歳からもう逃げたい。  だがすぐに追いつかれて、ため息混じりの声を出された。 「悪い。分かったよ。もうそういうのは訊かないから」  そうではない。違うのに。  根本にあるのは千歳への恋心だ。  その息の根を止められない自分も情けないし、気持ちを騙して付き合っている彼女にも申し訳ない。  カツカツと靴底を鳴らしながら、苦しい想いを呟いた。 「あの時、千歳に見つからなければ良かった」  具合の悪かった自分に、声を掛けてきてくれた時。  あの日あの時、あの場に千歳が来なければ、俺はきっと千歳を好きにならなかった。   「あの時って何? 隠れんぼでもしたっけ?」 「バカ!」  本気か冗談か分からないことを言う男に罵声を浴びせて、また逃げる。  待て、と言われても待たずに歩いた。 「なんだよ……意味わかんね」  諦めにも似たその声音は今まで聞いたことがなくて、思わず振り返ってしまう。  機嫌を悪くした千歳が、鋭い目付きで俺を真っ直ぐに見つめていた。  ここでようやく、身勝手すぎたと気づく。 「謝ってんのに許してくれないし、しまいにはバカって……俺、創にそこまで酷いことしたの?」  サッと血の気が引いた。  どうしよう。間違えた。  失敗した。また、一人になってしまう。  胸がズキズキと痛くて痛くて、仕方なかった。  千歳と気持ちが同じにならなくてもいい。  だから嫌いにはならないで。  儚い願いは、千歳には届かなかった。 「先帰るわ。じゃあな」  立ち尽くす俺を置いて、千歳は帰ってしまった。  どうにか涙を止め、佐久間さんの元へ戻る。  千歳は先に帰ったことを伝えると、「なにかあった?」と心配そうに問われた。 「ううん、何も」 「でも創くん、もしかして泣いた? 目赤いよ」 「ううん、泣いてないよ」  頑固を貫くと、佐久間さんももう何も言えなくなって、変な空気は変えられぬまま駅で別れて帰宅した。  勇気が出なくて、千歳に電話ができなかった。  たった一言、ごめんねと言えばいいだけなのに。  何も口にできない。頭がこんがらがって、胸も苦しい。クリスマスにもらったマフラーを胸に抱いて、また涙を流した。
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