初恋が生まれた日

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 (あれ……どうしたんだろ)  昨日の夕飯に油っこいものを食べたからだろうか。  痛みが引くどころか、どんどん鋭くなっている気がする。  額に汗が滲み、掴んでいる手にも力がこもる。  90度に腰をおり、賞状を受け取るみたいな体勢になりながら、ううーと唸った。 「大丈夫?」    声を掛けてきたのは、クラスメイトの紺野くんだった。  ──うわ、変なところ見られた。  体を起こして、大丈夫と咄嗟に言うと、いやいや、と瞳の奥をのぞき込まれた。 「顔色良くないし。気持ち悪いの?」 「……ちょっと」 「保健室行くか」 「いや、そこまでじゃないし」 「連れてってやるよ。俺も授業サボれるし」  あぁそういうことか。  そう納得した時、目の前に手を差し出された。  まさか、手を繋いで俺を連れていくつもり?   「自分で、歩けるから」  照れながら言うと、紺野くんは「そうか」と返事をして歩き出した。  おおきなその背中についていく。  紺野くんとは、あまり会話をしたことがない。  中学からほとんど成長していない細い体の自分とは違い、紺野くんは体がおおきくてかっこいい。クラスのムードメーカーで、いつも活発なイメージ。  その反面、苦手かもと思う瞬間も多少はあった。  一年の時に悪戯をしてきた、よく悪ノリをしてきたあの人に醸し出す雰囲気が似ているし、その低い声が怒っているようにみえるのだ。  けれどそうみえるだけで、怒ってはいないのだろう。俺の手を握ろうとした彼は、きっとやさしい人だ。 「千歳(ちとせ)どこ行くの? サボり?」  飲み物を手にした紺野くんの友達が、廊下ですれ違いざまに話しかけてくる。  いつも紺野くんと仲良くしている三人だ。全員が自分よりも背が高くてほとんど会話をしたことがないから、緊張からか、ますますお腹が傷んだ。  ──こういう目立つ人たちと一緒にいると、自分の滑稽さがより際立つ……。  顔をうつむけて縮こまる俺の頭を、紺野くんはポンと叩いた。 「保健室行くって、伝えといてくんね?」 「どしたの」 「なんか気持ち悪いんだと」 「で、お前もそのまま教室には帰ってこないつもりだろ」 「まさか。そんな不当なことをボクがすると思うかい?」 「先生にはちゃんとサボりって言っとくから」  じゃねー、と手を振りながら去っていく人たちも紺野くんも軽くて驚くけど、親友って感じがして羨ましくなる。  保健室に到着するまで、紺野くんに気付いて声をかけた人は何人もいた。  人気者ってこういうことを言うのかと、ほんの少し痛みが引いてマシになった体でぼんやりと思う。 「紺野くんって、友達多いんだね」 「そうでもないよ。同じ中学だった奴が多いからそう見えるだけじゃん?」 「そうなんだ……」 「お前はどこ中なの?」 「え……」  知らないと思うけど、と前置きした上で出身中学の名を告げた。  案の定知らなくて、電車とバスで一時間ちょっとの所、と付け加えた。 「なんでまた、そんな遠い所から」  咄嗟に機転がきかなくて黙り込む。  沈黙が続いて変な空気になったが、紺野くんが保健室のドアを開けて先生に事情を説明し、体調を見てもらうことになったので助かった。さっきの話を流してしまいたかったので丁度良かった。
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