61人が本棚に入れています
本棚に追加
柔らかな雨が降り降りしきる中、衿子はヒールを履いた足元を見つめ、ため息を吐いた。それは雨の日に合わせた靴を選ぶべきだったという後悔と、これから起こる出来事に対する緊張の両方から来ていた。
いつもより重い足取りは、ひた隠してきた秘密を親に打ち明けるから。とうとうこの日が来たのねーーそう考えるだけで心拍数が上がり、息が苦しくなっていく。
赤信号で立ち止まると、少しだけ傘を持ち上げて空を見る。黒くどんよりとした雲が速いスピードで風に流されていくのが見え、こんなふうに時間も過ぎたら良いのにと、心の底から思った。
青信号に変わり、衿子は一歩踏み出す。すると駅のそばに見慣れた傘が目に入り、途端に胸が熱くなって頬が緩む。
お互いに待ち合わせ時間より早く到着するタイプだったが、今日は二人揃って三十分も前に着いてしまった。彼も緊張しているんだと思うと、つい笑みが溢れてしまう。
彼ーー洸哉と出会ったのは高校生の時。家族にも友達にも黙って付き合い始めた。その後彼が地方の大学に行ってしまったこともあって、しばらくは遠距離恋愛になったけど、それでもゆっくりじっくり愛を温めてきた。
ただあまり自分のことを家族に話したがらない衿子は、これまで彼の存在をひた隠しにしてきた。高校生の時は勉強ばかりしていたのに、まさかその時期から彼氏がいただなんて、照れ臭くて知られなくないと思ってしまう自分がいた。
でもそれも今日で終わり。七年交際をしてきて、つい先日彼からプロポーズをされたのだ。もちろん嬉しかったーーただこれで長年の秘密が明かされることになる。衿子が好きな人、どこで出会って、何年付き合ってきたなど、それらが白日のもとに晒される恥ずかしさを感じていた。
出来ることならずっと秘密にしておきたいくらいだけど、そういうわけにはいかない。
最初のコメントを投稿しよう!