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見慣れた傘の目の前までいくと、普段は見慣れない違和感のあるジャケット姿に、思わずクスッと笑ってしまう。普段は私服姿しか見ないから、今日のために新調したのかと考えて嬉しくなった。
「お待たせ、洸哉く……んっ⁈」
彼の名前を呼び、ゆっくりと彼の顔を見上げた衿子は思わず目を見開き、驚きのあまり言葉を失ってしまう。普段は金髪だった彼の髪が、真っ黒に変わっていたのだ。まるで別人のようなその姿に、衿子は動揺を隠せなかった。
「やっぱり変かな?」
黒くなったサラサラの髪を指でつまみながら、洸哉は照れたように笑った。
「変じゃないというか、むしろ世間一般的には普通なんだけど……。じゃなくて、いきなりどうしたの?」
「いや、だって衿子のご両親に挨拶するわけだし、やっぱり第一印象は大事かなって思って」
そう、彼は出会った頃からずっと金髪。でも成績も授業態度も良いから、教師は彼になかなか注意が出来なかった。彼からすれば、金髪こそが当たり前で、黒に戻す気はさらさらなかったように思う。
しかしその当たり前を変えてまで、髪色を変えたことに、衿子はどこか寂しさを感じた。変えるなら相談して欲しかったし、もし衿子のためにやったことなら、彼のポリシーを崩してしまったことが申し訳なかった。
衿子の様子に気付いたのか、洸哉は優しく微笑むと衿子の頭をそっと撫でた。
「別に衿子のためにやったわけじゃないよ。これは俺のため。結婚は家と家が繋がる大切なことだし、俺だって衿子のご両親と仲良くなりたいし。それに最近仕事が忙しくて、金髪にする暇がなくてさ、久しぶりの黒髪も新鮮で良い気がしてきたんだよね」
「私、金髪の洸哉くんが好きだったのに」
「じゃあ黒髪の俺も好きになってよ」
黒髪の洸哉の顔をじっと見つめると、まるで別人のような姿にドキドキが止まらなくなって、つい顔を背けてしまう。
「確かに……新しい恋をした気分」
「えっ、それは困る」
「どうして?」
「だって浮気みたいじゃないか」
衿子はキョトンとした顔で洸哉を見つめた。
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