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別れ
今すぐにでもこの世から消えてしまいたかった。
何もかもなくなってしまったのだから──。
真っ黒な闇に呑まれてしまいそうな深夜。
アリサは穴を掘っていた。
十一歳のアリサには大きなスコップは重く、悴んだ手はもう握っている感触すらなくなっている。
それでもアリサは黙々と掘り続けた。
大人二人が入る穴を掘り終えると、アリサは重い足を引きずるようにして家の中に入っていった。
テーブルの上には庭に面して置かれた懐中電灯。そしてもう一本の懐中電灯の灯りが、容赦なく血に染められた父と母を照らしていた。
アリサは毛布の上に、必死になんとか父の遺体を乗せた。その毛布をリビングの掃き出し窓から庭へ懸命に引き摺っていくと、穴のなかに遺体を置いた。
そうして再び家の中に戻ると、同じように母の遺体を毛布で包むようにして運び父の横に置いた。
アリサは今にもしゃくり上げそうになる声を、感情を、必死に抑えながら土を被せていった。
ただ、お父さんとお母さんを弔いたいとの思いだけがアリサを動かしていた。
遠くで爆撃音が響いた。
アリサは動かなかった。
──いっそのことひと思いに殺してほしい。お父さんとお母さんのいない世界なんてなんの希望もないんだから。
「お父さん、お母さん」
アリサは呟きながら二人にそっと土を被せていった。
二人が見えなくなった。
最後の土を手のひらで掬うとアリサはその場にへたり込んだ。
こんもりとした土の前でアリサはいつまでも動かなかった。
その冬初めての雪がちらちらと舞い落ちてきた。
やがて辺りが白み始めた。
アリサはとぼとぼと家の中へ入ると地下室へと降りて行った。
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