始まり

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始まり

 なんでこんなことになったんだろう……。  アリサはぼんやりと考えていた。  それは、まだ三日前のことだったのだ。      テレビから流れてくるニュースでは戦争が始まる気配を感じさせながらも、街の人々からは、まだどこか人ごとのような雰囲気が漂っていた。  隣国同士じきに話し合いで解決していくのではないか、と言う言葉さえ耳にした。  だが突然、隣国は攻撃を始めた。   すぐに緊急事態宣言が出された。  国外に避難する人々もいた。 「近いうちに召集令状が届くだろう。わたしは祖国を守るために戦う。お母さんとアリサはお隣のご夫婦と一緒に避難しなさい」とアリサの父は言った。  それでもまだ学校の授業も行われていた。  ショッピングセンターも当たり前のように賑わっていた。   この街の中で戦争が行われるなどアリサには思いも寄らないことだった。  だが、それはいきなりやってきた。  休日の昼下がりだった。  リビングで家族三人で避難について話をしていた。    父親が、今晩うちでお隣のご夫婦と具体的に決めることになったから、と話していたときだった。  突然、銃声の音が響いてきた。    考える間もなく、今度はアリサの家のドアが破壊されようとしている音が聞こえる。  三人は書棚に向かって走った。  リビングに置いた大きな書棚の裏には地下への階段がある。  書棚は前後二列になっており、前列をスライドさせると、その片側の後ろの部分は人が一人通れるよう切り抜かれている。    二人は「早く、早く地下室に降りて」とアリサを急かした。  「お父さんとお母さんも一緒に」  アリサは必死に二人の手を掴んだ。  だが、アリサの言葉など構うことなく、二人はアリサの手を振り払うと、無理矢理アリサの背中を押した。そして書棚をスライドさせると、ぴたっと閉じた。    次の瞬間、家の中になだれ込んでくる足音がアリサの耳に聞こえた。    銃撃音が響き渡った。  アリサは階段を数歩降りたところでしゃがみ込んでいた。  地下室に降りて行くことも、その場から動き出すこともできずに、ただただ震えていた。  銃声が止み、兵士たちの足音が遠ざかった。  アリサはようやく動いた。   書棚の扉を開けた。   そこには血まみれの父と母が床の上に折り重なるように倒れていた。 「あっ、あっ、あっ、あっ、ああっーーーー」  言葉にならない声を発して、アリサは父と母を抱き起そうとした。  だが二人ともぴくりとも動かない。二度と起き上がってはくれなかった。  血溜まりの中でアリサは父と母の遺体を抱きしめた。  だんだん冷たくなっていく二人に、アリサは話しかけた。 「なんで私と一緒に逃げなかったの? なんで?」  もし、あのときもっと早く一緒に地下室に逃げていたら。  アリサは胸をかきむしられる思いで考える。  逃げていたら……。  部屋のなかに誰もいなかったら兵士たちは家探しをしたかもしれない……。  もし、書棚のからくりに気づいて地下室が見つかったら、そのときは……。  だから、お父さんとお母さんは自分たちが盾になったの? きっとそうだ。咄嗟に判断して、私を守ってくれたんだ──。 「お父さん、お母さん」    アリサはいつまでも二人を抱きしめていた。
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