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出会い
お父さんとお母さんが備蓄してくれていた食料と水はひと月分くらいだろうか。これがあるうちは食べて生きなければならない。
電気はつかない。
万一に備えて用意してあった家族分の懐中電灯が三本。生きている間持たせるように大切に使わなくてはならない。
暗い光の差し込まない地下室。
両親が作ってくれた地下室でアリサはなんとか生き延びている。
この命は、お父さんとお母さんが授けて、そして守ってくれた命。二人が命がけで守ってくれたことを思えば、決して自分から断つことなど許されない。命が尽きるまで生きよう。
アリサは自分に言い聞かせていた。
寒い。オーバーを着て頭から毛布を被っていても床から冷気が伝わってきて芯から冷える。
暗黒のような闇のなかでアリサは考える。
今起こっていることが全て夢だったらいい。夢から覚めたら、また元の生活に戻っているのではないか……。
しかし、目が覚めるたびにアリサは絶望した。
そうして一週間が過ぎたころ、深夜になるとアリサは父と母が眠る庭に出るようになった。
その日も地下室から階段を登って書棚に手をかけた。
そのとき、突然兵士たちの声と足音が聞こえた。
アリサは書棚の裏で息をひそめた。
彼らはなにか物色しにきた様子だった。
暫くすると、
「もうこれ以上金目の物はない。早く行こう」
吐き捨てるように言って兵士たちは去っていった。
アリサは書棚を少し開けて、誰もいないことを確かめると地下室まで降りて行った。
ふーと安堵の息をつく。命など惜しくないと思ってはいたが、やはり怖い。怖くてたまらない。
床に座り両膝を両手で抱えると、やがてアリサはいつしか、すとんと眠りについていた。
人の気配を感じてアリサは、はっと瞼を開けた。
目の前に誰かが立っている……。
アリサは目を見開いた。
驚愕の顔をして、大声をあげそうになるアリサに、
「怖がらないで。大丈夫だから」と、その人は優しく制した。
そしてゆっくりとした口調で、
「僕は何もしない。安心して」と言って暗視装置のついたヘルメットを脱ぐと、ポケットから小さなペンライトを取り出して灯した。
若い兵士だった。
青年はアリサを落ち着かせようと優しい笑みを湛えて、アリサの顔を見つめている。
その表情を見て、アリサは少しほっとした。
「君は一人でここで生活してるの?」
アリサはこくんと首を振った。
「書棚が少し開いていて階段が見えたんだ。気をつけないといけないよ。僕は一番の下っ端だから一人で夜中の見廻り役を任されているんだ」
青年は心配そうな表情でアリサを見つめた。
「少しだけど、今僕が持っているのはこれだけなんだ。水とビスケットを置いていくね」
アリサがぼうっと青年を見つめていると、
「必ず、書棚をきちんと閉めてね。ちょっとでも隙間を開けてはいけないよ。また何か持ってくるからね」
優しく言い聞かせるように言うと、青年は立ち去っていった。
人を殺さない兵士もいるのか……。
アリサは受け取ったビスケットを一口齧った。
甘い蜂蜜の味が胸にしみこんでくる。父と母が亡くなってから、久しぶりに感じた食べ物の味だった。
アリサの瞳からぼろぼろと涙が溢れ落ちた。
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