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翌日深夜に青年はまた地下室に現れた。
彼はアリサの隣に座ると水とチョコレートを手渡しながら言った。
「僕のことはルカと呼んで。君のことはなんて呼べばいいかな?」
「アリサ……」
呟くような声で答えた。
アリサは複雑な気持ちだった。
この人たちの国の兵士にお父さんとお母さんは殺されたのだ。友だちもみんな……。
ルカは敵国の兵士なんだ。
ルカを困らせたいという欲求がアリサの胸に湧いた。
「ねえ、なんで私を撃たないの? その銃で私を撃っていいのよ」
ルカの顔が曇っていく。
「僕はこの銃を人に向けたことはない。必ず命中しないようにして撃つんだ」
「それならなんで戦争しに来たの?」
「否応なく兵士にさせられたんだ。僕みたいなのは、きっと死ぬまで国に帰ることはできないよ。もっとも骨になっても引き取り手はいないけどね」
「独りなの? お父さんやお母さんは?」
「いないよ。僕がまだ小さいときに亡くなった。僕は孤児院で育ったんだ」
ルカはここに独りぼっちでいるアリサのことを思うと、次の言葉に詰まった。自分からなにかを聞いて傷つけてはいけないと思った。
アリサは鋭い眼差しでルカを見つめた。
「ねえ、この戦争で誰が幸せになるの? 人の命を奪って、それでルカの国の人は幸せになるの? 私のお父さんとお母さんを殺してルカの国の人は喜ぶの? 銃で人を撃つなんて、心を亡くしてしまったの?」
ルカは答えることができなかった。
眼を伏せたルカにお構いなくアリサはさらに続けた。
「戦争ってなんなの? 教えて。お願い…」
ルカは唇を噛んだ。なにも言えなかった。
どう言ったらいいのだろう……。
ルカの困惑をよそにアリサは止まらなかった。止められなかった。
「誰もいなくなっちゃったのよ。お父さんもお母さんも友だちも。何もかもなくなって、もう、なんで生まれてきたのかも分からない。どうせ死んじゃうのに。ねぇ、命ってなんなのよ」
聴いていたルカの瞳から頬を伝って雫がぽたりと床に落ちた。
アリサははっとした。ルカの涙を見て目が覚める思いがした。
この人を責めてどうなるんだろう……。
「ごめんなさい。ルカに罪はないのに……ルカの国の人だって、私と同じような思いをしているのかもしれないのよね……なのに私は……それに、ルカもお父さんとお母さんを亡くしていると聴いたのに……淋しいのは、辛いのは、私だけじゃないのに……親切にしてもらったのに、本当にごめんなさい」
ルカはかぶりを振った。
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