運命に捨てられて光の子として生まれ

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「王国の父なる太陽と母なる月にご挨拶申し上げます」 謁見の間で深々とお辞儀をして頭を垂れていると、国王陛下からお声がかけられた。 「侯爵と余の間に堅苦しい挨拶は必要もなかろう。令嬢も頭を上げよ」 「ありがたく存じます」 そっと顔を上げると、玉座には国王陛下が座っていて、右隣には王妃陛下が──というのは自然なのだけど、なぜ国王陛下の背後に愛妾の女性がはべっているんだろう? 奇妙な構図に戸惑ったものの、お父様は、それが当たり前みたいに落ち着いているし。 そして国王陛下の左隣には、第二王子──アイオーン殿下が立っていた。淡い金髪に涼しげな青い瞳が理知的に光る、美貌の王子様だ。 まだ幼さの抜けきらない少年のうちから、こんなに美しいんだもの。そりゃ難易度最高の攻略相手に位置づけられても納得がいくよね。 そのアイオーン殿下が、驚いている感じで目を見開いて、私を見つめている。そして視線が合ったかと思うと、今度は頬を染めて耳まで赤くなった。 ……これは、どういう反応なんだろう。私はどうすればいいのかな。 何やら、むず痒いような落ち着かない気持ちになる。思わずうつむいてしまった。 だって、前世では恋愛どころじゃない生活だったし、今生でも家族に守られてきたから、異性から向けられる眼差しに慣れてない。 アイオーン殿下と私の様子を見た国王陛下は快活に笑った。 「どうやら互いに悪からぬ印象らしい。──アイオーン、令嬢に王城の薔薇園を案内してやるといい。その間、余は侯爵と話していよう」 「は、はい。分かりました、父上。──レディ、よろしければ私と散策しましょう」 「あ……ありがとうございます。ありがたく存じます」 かしこまって返事をすると、お父様が小さく声をかけてくれた。 「ダフォディル、王城の薔薇園をゆっくり楽しんでおいで」 「はい、お父様」 そうして親同士が勧めるなか、アイオーン殿下のエスコートで散策する事になってしまった。 初めての事だらけで緊張して、アイオーン殿下の後ろをついて歩くのに必死だったせいか、薔薇園までの道のりは記憶に残らなかった程だ。 でも、青空の下でとりどりの薔薇が咲き誇る庭に出て、あまりにも華やかで香り高い光景を目の前にして、感嘆の息をもらした。 「……何て美しいお庭でしょうか……」 「気に入ってもらえたようですね、良かった」 アイオーン殿下も緊張していたのかな?どことなく安堵した表情になっている。 「はい、本当に素晴らしいですわ。──こちらの薔薇には実もなっていますのね」 「蕾から花開いた後の実まで楽しめる薔薇園なんですよ」 「まあ……こんなに綺麗な実がなっている薔薇は初めて拝見致しますわ。さすが王城で手入れをされているお庭は違いますのね」 「その赤い実は美しいですよね。ですが幼い頃に興味本位で口にしたら、酸っぱくて驚きましたよ」 「そうなのですね。この実は乾燥させてお茶にすると、程よい酸味で美味しく頂けるのでございます。肌や歯茎等を健やかに保つのに必要な成分を多く含んでおりますわ」 「薔薇の実も見て楽しむだけではないとは、面白いです。関連する職務の者に話しておきましょう」 見事なローズヒップに、ハーブが好きな身として思わず熱くなってしまった。アイオーン殿下は鷹揚に頷いてくれているけど、恥ずかしい。 「私とした事が、出過ぎた発言をしてしまいましたわ。お許し下さいませ」 「いえ、健康に良いものを聞かせてもらえたんですから、気に病まないで下さい。レディは博識だと聞き及んでいましたが、おかげで実感出来ました」 ゲームでは難易度がとにかく高くて、笑顔ひとつ引き出すにも苦労したアイオーン殿下が、朗らかに受け答えして下さっている。 これも女神様からの贈り物なのかと思ってしまうほど──尊い。眩しい。 これがスチルならスクショして待ち受けにしているところだけど、今はこの世界に生きている現実なんだから、落ち着け落ち着くのよ私。 内心、必死で自分に言い聞かせていると、そこで話題が切り替わった。 「──ところでレディ・ダフォディル、その名の珍しさには意味があるのでしょう。レディは知っていますか?」 「はい、存じ上げております。春に咲く一輪の黄色い花でございます」 ダフォディルの花に関しては、仕事でギリシャ神話についての書籍を担当した事があったから少しは分かる。 ダフォディルは英名なんだけど、ギリシャ神話では死者の国に咲く花で、アスフォデロスと呼ばれる。それがダフォディルの由来なのよ。 和名だとラッパスイセンになる、遅咲きのスイセン。秋に植えられて、冬を耐え抜いて春に咲く、黄色がメインの可愛い花。 元は冥界の神ハデスが、野原で花を摘んでいたペルセポネを冥界に攫ってしまうのが二人の始まりなんだけど……。 その際、ペルセポネが髪にさしていたナルシスの花に、ハデスの手が触れたが為に白かった花が黄色に変わって、アスフォデロスになったとか。 花言葉は、報われぬ恋、あなたを待つ、尊敬。 人生が終わった死者の国に咲く花だから、恋は報われないのも仕方ない話だよね。 あなたを待つというのも、死者の国の柘榴を口にしてしまったペルセポネが、食べた数の月数を死者の国で過ごす事になったからね。 きっと、毎年ペルセポネの帰りを待ってる母、豊穣神デメテルの親心なんだろうね。その間、地上には実りなき冬が訪れている訳だし。 尊敬については、よく分からないけど……多分、ハデスとペルセポネの間に生まれて育まれた信頼関係や情愛を意味していると思う。 でなきゃ初めから、ペルセポネは攫われた身の上なんだから、死者の国の物を食べたりしないでしょう。ペルセポネはハデスを悪からず思ってたと見た方が自然なんだよね。 何しろ、ペルセポネを冥界の女王という呼び方も存在するくらいだし。 その関係で、第一王子殿下のカタロンという名が「純粋な」という意味で、第二王子殿下のアイオーンが「時代」という意味を持つ、それぞれギリシャ語の単語だという事も知ってる。 でも、王子殿下相手に自分の名の由来や花言葉について、あまり詳らかに話してしまうのは、知識の過剰なひけらかしになる。 「可憐で切ない物語を持つ花でございます。両親は私を大切に思って名付けて下さったのでしょう」 深く言及はせず、私はそう言うだけに留めておく事にした。 「なるほど、ご両親から愛されて育ったんですね。では、次に会う時までにダフォディルという名の由来について学んでおきます。次回の話題が加わりましたね」 アイオーン殿下は、おっとりと微笑んでくれたけど……どこか寂しそうにも見えて心に引っかかった。 きっと、母親である王妃陛下と愛妾の関係については、幼い頃から違和感を感じてきたんだろうな。 国王陛下は愛妾に第一子を生ませた程だし、親を見て育つ子としては尚さら複雑な気持ちもあるよね。 その点、私のお父様はお母様以外の女性を妾に迎えたりしていないから、私の育った家庭は恵まれてる。 「ありがとうございます、殿下。私も次にお会いする時には、私についてだけでなく殿下の事も、理解が深められるようにお話しを聞きたく思います」 「レディ・ダフォディルは聡明なんですね。私を知ろうと思ってもらえるのは嬉しいですよ。私に兄がいる事は知っていますよね?」 「はい、カタロン殿下でございますよね?」 「ええ。民思いの、とても優れた人柄の兄です。……ですから、心苦しい気持ちもあるんですよ。兄上にはまだ定まった婚約者がいないのに、先んじて私に婚約を考える相手との出逢いが訪れる事は、果たして正しいのかと」 どうやら第一王子のカタロン殿下の婚約者を探すより先に、国王陛下は第二王子であるアイオーン殿下に私をと、お父様へ使者を送って、婚約話を持ちかけてしまったらしい。 いくら愛妾を寵愛していても、正妃との間に生まれた子は特別なんだろうか? それに対して、アイオーン殿下は義理堅い人だから、何となく抜け駆けみたいに思えてしまって、気が引けるのかな。 正妃が生んだ王子の方が継承順位は上になるんだし、仕方のない事ではあると思ってしまうのは、私が王家の人間じゃないからなんだろうけど……。 「アイオーン殿下、葛藤なされておいでですのね。ですが、私にはお二方にそれぞれの役割があると思われますの」 「役割……?」 「立太子なされるのが、どなたになるかは存じません。ですが、カタロン殿下の純粋な心根が民に寄り添い、アイオーン殿下のお力が新たな時代を作るのでは、と……差し出がましく申し上げました。お許し下さいませ」 「……どちらかが求められ選ばれるのではなく、兄上と共により良い国を目指す……レディ、目の覚めるような言葉です」 カタロン殿下の事を話した時には、翳りを帯びていた表情が希望を持ち直してゆく。 王位継承問題こそあれど、せっかく仲の良い兄弟なんだから、どうにかして二人が争いに巻き込まれる事なく手を取り合えるように出来ないかな。 そうした願いをこめてお二方の名前に結びつけて口にした言葉は、現実の困難を解決出来るか分からないけど、せめて少しでも心の救いになれば良い。 そんな事を考えていたら、事態は急展開を見せた。 「──危ない!」 第二王子が鋭い声を出したかと思うと、何がと思う間もなく抱き寄せられる。 細い棒のような何かが視界をかすめた。──弓矢だ。王城で弓矢?どういう事なの? 「レディ・ダフォディル、怪我はありませんか?!」 「は、はい……私は何も……殿下!腕に血が……」 私の肩を抱く第二王子の左上腕に、矢がつけた傷が走っている。 「私ならば大丈夫です……。レディが傷つく事なく幸いでした……」 これは私が狙われた?それとも第二王子が……いや、いくら何でも王城で王子を狙うわけがないじゃない。 矢傷はみるみるうちに化膿し始めた。──毒矢だ。 「大変、早く手当てしないと……!アイオーン殿下、どうか気を確かにお持ち下さいませ!」 「私よりレディの安全です……早く父君の元へ戻って下さい……」 傷を負っていても私を思いやって下さるのは、それは優しさなんだろうけど。でも、かばってくれた人を放って逃げるとかありえない。 王家の人は毒に耐性をつけている場合が多いとはいえ、化膿した傷はすぐに対応しなければ腕を失う。 「──願我、癒治負彼傷」 私は咄嗟に、第二王子の左上腕に手をあてて唱えていた。 かつて梅毒に罹患した令息を前にして、古代魔法は万能ではないと断じた私が──なぜ不可能と思われる解毒と治癒の為に唱えたのか、自分でも分からない。 それに、お父様から古代魔法はなるべく使わないように言われてもいる。 でも、第二王子の危機的状況は一刻を争うものと思ったし、ここでこそ古代魔法を使う必要性があるかのように感じて、自然と唱えてしまっていたのよ。 「──第二王子殿下、お怪我は……殿下?」 すると、私の古代魔法は不可能を可能にしてしまった。すっと傷が癒えていった。 ところが次の瞬間、目を疑うばかりだったけれど、第二王子はまばゆい金色の煙に包まれて……見知った別の姿に──ここにいるはずのない、過去に私が拾った猫ちゃんが成長したかのような姿に変わったのだった。 「ねこ……ちゃん?え、あの、殿下?」 私は自分の目を疑った。でも、どう見ても眼前に横たわるのは傷が癒えた猫ちゃんだけで、アイオーン殿下の姿はなかった。
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