運命に捨てられて光の子として生まれ

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私が呆然としていると、アイオーン殿下の異変を嗅ぎ取った男性が駆け寄ってきた。 「アイオーン殿下!──そのお姿は……!」 剣を腰に差した男性の事はゲームで見てきた。カタロン殿下に忠誠を誓う歳若き護衛騎士で、攻略対象の一人でもある──アシェラだ。 「ご令嬢に失礼致します、殿下は私が責任をもって安全な場にお連れさせて頂きますので……どうか、この事はご内密にお願い申し上げます」 「……は、はい……どうか、殿下をお願い致します」 「私めにお任せ下さい。殿下のご無事はお約束致しますので」 「はい……分かりました」 なぜ、ここでアイオーン殿下の護衛騎士ではなく、アシェラが現れたんだろう。 疑問はあるけど、猫ちゃんの姿になった殿下は意識を失っているみたいだし、ここはひとまず信用出来る誰かにお願いするしかないよね……。 それにしても、この状況はどうなってるんだろう?王城で毒矢が飛んで、私は狙われてるかもしれなくて、ひと時の間に二人もの攻略対象と出逢ってしまった。 これはもちろんゲームにない展開だし、あまりにも異常なのよ。 だって、異世界ファンタジー作品によくあるアカデミーが存在していれば、出逢いの場も親睦を深めるイベントも盛りだくさんだったろうけど、あいにくアカデミーなんてないんだから。 だから攻略対象と出逢うところからして苦労した記憶がある。いつ、どこに出かければ誰に遭遇出来るか、どうすれば好感度が上がる会話が出来るかメモしてたくらいだし。 でも、私は既に最も難易度の高い相手と婚約話が浮上している上、こうして他の攻略対象とも遭遇した。 更に言えば、どうしてかは分からないけどアイオーン殿下は私に対して好意的な様子だった。 親同士の間で進めた話とはいえ、本当に私を想ってくれるなら、このまま婚約してもいい気さえしてしまった程に。 「ダフォディル、アイオーン殿下との散策は楽しかったかな?」 帰りの馬車で、お父様が優しく問いかけてきてくれた。 でも、まさかアイオーン殿下が猫ちゃんに変わった事なんて言えない。多分、こんな異常現象が起きる事は王家でも極秘にされてる。 私は言葉を選んで答えておく事にした。 「あ……驚く事はありましたが、殿下はとてもお優しいお方でした」 「それなら良かった。戻ってきた時、ダフォディル一人だったから心配したんだ」 「お父様に心配させてしまって、すみません。殿下は急に体調を崩されて……護衛騎士がお部屋にお運びしたんです」 「アイオーン殿下の体が弱いといった話は聞いた事がないが……人は思わぬところで病を得る事もあるからな。殿下とダフォディルに大事なければ、私もこれ以上は何も聞かないでおこう」 「殿下は大丈夫です、お父様。私も殿下からご親切にして頂けましたし」 「そうか。……ダフォディル、この話を性急に進めようとは思わないが……アイオーン殿下とお会いしてみて、お前はどう感じたかな?」 「私、は……」 正直に言えば、将来を期待されたアイオーン殿下の正妃になる事は、私には荷が重いかもしれないけど……。 それについて思考が及ばなかったくらい、アイオーン殿下は私を思いやり朗らかに接してくれたし、毒矢からも我が身を顧みずに私を庇ってくれた。 それに、高位貴族の令嬢として婚姻が避けられないものなら、相手は自分を大切にしてくれる人がいいに決まってる。 ……だけど、とも思う。 どうせなら、そんな打算抜きで私も相手を想えたら、それはどれだけ幸せな事だろう。 ──そんな事を考えている私には、自分を想ってくれている事や大事にしてくれる事が、その気持ちの大きさが、恋愛感情の決定打になり得る事を知らなかった。 「……お父様、私はまだ未熟です。正式に婚約者としてお話を進めて頂くには、至らないところが多くあります」 お父様は私の言葉に対して、真摯に耳を傾けてくれている。私は続けた。 「かと言って無下に出来る事でもございませんし、それを望んでもおりません。どうか、今はあくまでも婚約者候補として遇して頂けるように、お願い出来ませんでしょうか?」 私にとって、これは最後のわがままだった。 だって、与えられた幸福に浸ってばかりの人生では、何も生み出せない事は分かってる。幸福は与えられたら他者へも与えられるように努めるもの。 幸せの循環を生み出せてこそ、人は本当の幸せに生きられるから。 優しいばかりの世界にいても、人はいつしか人生の旅路に出てゆく。それは時として困難を伴う。様々な感情が生まれる。ネガティブな気持ちも抱く事がある。 得たものと失ったもの、それらを何度となく思い返すだろう。失ったものは強く印象に残り苦しめてくる。それでも、最後に「まんざらでもない人生だった」と思えるように努力する。 私は、そうした私の人生を自発的に歩いて生きなきゃいけない。その為にも、自分で自分の人生を考えないと。 その気持ちはお父様にも伝わっていたのだろうか? お父様は私を見つめて、力強く頷いてくれた。 「分かった。そのように取り計らって頂けるように私から話そう。ダフォディル、──身分が枷になろうとも、容姿や能力が誰かに罠を作らせる事になろうとも、心は何ものにも囚われない」 「はい、お父様。しかと胸に刻みます」 「……お前も立派に成長したのだな……泣き方も知らなかった赤子の頃を思い出すよ」 「お父様、お母様、そしてお兄様……皆様からの慈愛が私をここまで育てて下さいました」 「その一言が聞けたなら、辺境伯としての務めに苦心した日々も報われるというものだ」 お父様は満たされた顔をして笑みを浮かべた。 「……あの、お父様。国王陛下や王妃陛下とは、どのようなお話をなされたのですか?」 「ああ、辺境伯だった頃を労って頂いて……あとは、お前について色々訊かれたが……事細かに話す事は控えておいた」 「色々……とは……」 私が重ねて訊ねると、お父様は少し表情を曇らせた。 「……髪を染めているのは、どのような理由があっての事か。伏せ目がちにして隠した瞳の色が気になる、と……特に王妃陛下が畳み掛けるように訊ねてこられたが……」 「……髪を染めていた事、気づかれていたのですね」 染め上がりは自然な色味に仕上がっていたのに、なぜひと目で見抜かれてしまったんだろう。 こんな質問、お父様も躱すには苦労されたはずだ。 私がアイオーン殿下とのんびり散策を楽しんでいた間、お父様は頭を悩ませていた……申し訳なさがこみ上げてくる。 「心配する事はない、ダフォディル。こう見えて、私は鋼の心臓を持っているんだよ。でなければ辺境伯の頃、戦いにも赴けなかった事だろう?」 「ですが……王家でも主たる方々に、容姿で欺いた事は事実ですから……お父様のお立場が心配になります」 「髪を染めている事は、正直に話したよ。理由は適当にごまかしたがね」 ……お父様、なかなか策略家というべきか……。 だけど、国王陛下ならまだしも、何で王妃陛下が気にしていたんだろう。 女の勘が働いたのかな。何しろ自分の息子のお見合いだったんだし。そこに現れたのが容姿をあらわにもしない令嬢なんじゃ、それは気にもかかるよね。 ……まあ、そこは……いつかは髪も瞳も隠さずに表舞台に立つつもりだけど……。 ──それにしても、アイオーン殿下は本当に大丈夫なのかな。 傷は癒せたし、猫ちゃんに姿を変えて意識を失ってはいたけど、呼吸は安定している感じだったから……安全な場所に運んでもらえてさえいれば、あとは王家側が何とかするだろうけど。 でも、毒矢なんて物騒な物が出てくるのは、明らかにおかしいのよ。ゲームではアイオーン殿下が命を狙われるシーンなんてなかった。 ──私が狙われていた?でも理由は何?首謀者は誰なの? 「──ダフォディル、それより愛妾のお方が、お前の事をいたくお気に召していた様子だったよ」 「──えっ?」 もしかしたら愛妾の差し金かと思ったところだったから、間抜けな声が出てしまった。 「あの、……カタロン殿下の母君様がですか?」 「ああ、あの方には娘もいるんだが、どうにも頑張って気を張っている姿が、その娘を思わせて非常に愛くるしかった、と」 王妃陛下といい、愛妾といい……何もかも見抜いていたんじゃないの……。 私は頭を抱えたくなった。 「まあ、今日はこれで上出来だったろう。お前は帰ったら湯浴みして、ゆっくり疲れを癒しなさい」 「……はい……」 「今後は王城に出入りする機会も増えるだろう。婚約を考える相手だから、定期的にアイオーン殿下と話す場を設ける事にもなったし──よく話してみて相手を知って、その上で最終的な結論を出すといい」 「話す場を、ですか?」 「私は、あくまでも候補の一人として計らってもらうつもりだ。だから、お前を追い詰める事などさせはしないから安心なさい」 「あの、……ありがとうございます」 という事は、これから王城へ何度となく赴かないといけないのね。 また今日みたいな危険な目に見舞われたら、それこそアイオーン殿下も心が休まらないでしょうに。 ──新たな疑問と問題が山積みになって生じた顔合わせは、こうして終わった。 そして私は、月に三度と定められた登城で王家や城内の実態をかいま見る事になる。 アイオーン殿下と私の為にあつらえられた場では、なぜか毒矢も毒入りのお茶といった物騒な物は出てこなかった。 「レディ・ダフォディル。あの薔薇の実を乾燥させてお茶にしてみました。癖になる香りと優しい酸味ですね」 「お気に召して頂けたようでしたら幸いでございます。寝起きに頂くと目覚めも良くなりますので、お試し下さいませ」 「確かに、寝起きには良さそうですね。気持ちよく一日を始められそうだ」 アイオーン殿下も猫ちゃんに姿を変えた事には触れずに私と向き合い──私から触れる事は出来ないし──ぎこちなく、アイオーン殿下が親しみをこめて話しかけて下さるのに応えるだけだった。 ただひたすら、どっしりと構えた城内には、毒物より危うい人々の思惑という猛毒が潜んでいる。 その裏事情に気づくのには、そう時間はかからなかった。
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