運命に捨てられて光の子として生まれ

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婚約者候補としてアイオーン殿下とお会いする中、カタロン殿下とも親交を持つようになった不可思議な関係性は、かといって他者に掻き乱されるものでもなかった。 それでも、立場上の問題もあるから三人で語らう事こそ出来なくとも、私を取り巻く環境は少しずつ変化を続けた。 そして私はついに十三歳を迎えた。 同時に様々なところから多くの招待状が届くなか、アンドレッド伯爵家令嬢アウロラ──いや、アウロラ様からお茶会の招待状が届いたのには、あまりにも突然の登場で驚いた。 「アウロラ様は伯爵家令嬢なの?どんな家柄なのかしら?」 「はい、アンドレッド伯爵家といえば、王都でも中堅の伯爵家でございますね」 「そうなのね、どのような令嬢なのかしら?」 「何でも幼い頃、奇病にでもかかられたのか、家族にも使用人にも理解不能な事を言われておいででしたとか……その奇行ゆえに、令嬢方からは敬遠されがちで孤立してきたと聞き及んでおります……ですが」 「奇行ゆえ……?だけど──ですが、という事は何か変化があったのでしょう?」 「はい。ある時を境に、突然人が変わられたかのように、明るく朗らかに振る舞われ始めたそうなのです」 何もかもが、おかしい。アウロラ様が子爵家令嬢ではなく、「王都でも中堅の」伯爵家令嬢? まさか、とは思うけど……彼女の容姿は……。 「……アウロラ様は、もしかして茶色の髪と黒い瞳を持つ令嬢なのかしら?」 「まあ、ダフォディルお嬢様。なぜそれをご存知でおられるのですか?」 ──しまった。口が滑った。でも、これで一つはっきりした。 ダフォディルとして生まれた私に与えられたものを、ヒロインであるはずのアウロラ様は、私の身代わりかのように何も与えられずに生まれたんだ。 奇行に走ったのも、私が梅毒に罹患した令息から「茶色の髪と黒光りする闇色の瞳」と言わたから──何かでアウロラ様に悪い噂が届いたと考えれば納得がいく。 「……参加すると返事を書くわ。便箋を持ってきてくれる?」 「はい、かしこまりました」 ……念の為、髪色は王城へ行く時と違う染め粉を使っておいた方が良いだろう。あと、令息と会った時に使った色は避けておく。貴族はどこで繋がりがあるか分からないからね。 何だかラスボスに対峙する気持ちだなあ……。 私は殿下達とお会いする時以上に緊張しつつ伯爵家でのお茶会当日を迎えた。 「ようこそお越し下さいました、フィニアス侯爵家令嬢ダフォディル様」 門前で執事から挨拶を受けて、馬車は停車場まで進み、止まると我が家の従者が恭しく扉を開ける。 お茶会の場には、既に他の令嬢達が集まっていた。彼女達の視線が私に集中する。 招待客のそれには、悪感情はなく好奇心に近いものがあった。 「初めまして、皆様。アウロラ様、ご招待下さり誠にありがとうございます」 集まっているのは、中堅に近い伯爵家や子爵家の令嬢が中心だった。侯爵家の私は正直に言うと場違いだ。 でも、招待を受けた令嬢達からは何やら羨望の眼差しを集めているし、今さら引き返せない。 「お越し下さって嬉しいですわ。ここに集った全員が、一度はお会いしたいと願っておりましたのよ、ダフォディル様」 アウロラ様がにこやかに挨拶してきてくれたので、私もとりあえず笑顔で返す事にした。 「気後れしてしまいますわ、こうした場は初めてですので、皆様が仲良くして下さいましたら嬉しく思いますのよ」 「まあ、ダフォディル様はお声も澄んで美しいですもの、ぜひ楽しくお話しして聞いていたいですわ」 感極まったと言わんばりに、アンドレッド伯爵家と同じくらいの力を持つ伯爵家の令嬢が、言葉を発して間に入ってくれた。 アウロラ様の事は、いわゆる偵察か……観察目的で参加してるから、助かった。 そんなに積極的には関わりたくないからね。どう見ても格上の家柄なのは私一人だし、そんな中にアウロラ様が呼び出した真意も探りたい。 「皆様、お茶をお出し致しますわ。季節に合わせてブレンドさせましたの」 アウロラ様の声で始まり、それから──つつがなく開催されるお茶会は嘘のように穏やかなものだった。 皆、なごやかに私と話してくれる。アウロラ様は聞き役に回りがちだけど、笑顔は絶えない。 でも、アウロラ様の用意させたお茶菓子で状況が一変した。 「本日は皆様にタルトをご用意致しましたの。ぜひお召し上がり下さいませ」 「まあ、お気遣いありがとうございます。タルトに塗られておりますのはクリームチーズのようですが、でも少し違いますのね」 「ええ、クリームチーズをフロスティングした物を重ねておりますのよ」 こうした凝ったタルトなんて、時代的に公爵家のお茶会で出される事も珍しい程で、特別有力な家門でもない伯爵家のお茶会に出てくる物ではない。 集まった令嬢達も意外そうにしているし、どうやらアウロラ様は何らかの考えがあるみたいだね……恐らくは自分を誇示したい、とかかな。 「他にも、アイスクリームにお砂糖をキャラメリゼした物を添えたデザートをご用意させて頂きました。キャラメリゼのほろ苦さがアイスクリームと良く合いますの」 意気揚々と説明するアウロラ様に、私は静観していようと決めた。 「まあ、美味しそう。でも、こんなに頂いて太ってしまわないかしら……」 「帰りの馬車でコルセットを緩める必要がありますわね」 「覚悟して頂かなくてはなりませんわね」 あれ?令嬢達の反応が……今ひとつ悪いような気がするのは気のせいじゃないよね。 一見すると、良く考えて策を練ったスイーツに見えるけど、これは供給過多なのかも。 「……まあ、皆様とてもスリムでいらっしゃって羨ましいくらいですのに」 アウロラ様の笑顔が僅かに引きつってる。 頑張って主催したのに、もてなしに嫌味を返されれば悔しいのは分かるけど……感情の機微に敏い令嬢達の前では気をつけないと駄目。 これでは、よそのサロンで笑いものにされてしまう。 私はタルトにフォークをつけて、一口頂いた。 「……甘くて美味しいタルトですわね。心を砕いてもてなして下さった事が伝わりますわ」 タルトもクリームチーズもお砂糖を使いすぎていて甘い。この上アイスクリームなんて、とても食べられない。 「まあ、ダフォディル様はお気遣いの出来るお方ですわね」 他の令嬢はこぞって私を褒めるけれど、食べ切る事はさすがに出来なかった。 アウロラ様は何かと話題を出そうと頑張っていたけれど、空虚で痛々しく見える。 結局、お茶会は目的も何もぼんやりした雰囲気でお開きになった。 「では、失礼致しますわ。皆様、ありがとうございました。ごきげんよう」 やっぱりアウロラという名前が気にかかって仕方ないし、実際に会ってみて距離を置いた方が良さそうなお相手だと分かった事だし……まず相手を知れたのだから、長居は無用だよ。 だけど帰り際に、アウロラ様が私にだけ寄ってきた。 「ダフォディル様、私の兄は……結婚式直前に梅毒で他界したのですわ」 アウロラ様から耳打ちされて、いつぞやのあの令息はアウロラ様の兄だったのかと悟った。 貴族の繋がりは分からない──そう思っていたものの、まさかこんな繋がりがあったなんて。 驚いてアウロラ様を見つめると、漆黒の瞳が憎しみの塊に見えた。 「……それは、さぞや悲しみに暮れられた事でしょう」 私は慎重に言葉を選んだけど、アウロラ様は既に何らかの確証を掴んでいたらしい。 「療養していた兄は縋りついた相手に見離され絶望したそうですの……お相手は近隣で神童と呼ばれていた……ダフォディル様ですのね?」 「……私は……病の前では無力ですので」 そう答えるより仕方ない。下手に偽れば、のちに手痛いしっぺ返しを食らう事になるもの。 「あら、まあ。それが兄を突き放す理由になりますの?」 言い方のとげとげしさには、積もり積もった鬱憤がこめられている。 それもそうだ、今生の兄が頼った相手から見離されて、結果として喪う事になった。 「我が主の与り知らぬところでは、それだけでなく──己に悪評まで立ってしまっていたようです。魔の遣いだと」 精霊達が囁く。何よりアウロラ様の髪は茶色、瞳は黒。あの令息が私に向かって言い放った容姿だ。 ──これは覚悟して接しなければいけない相手だ。アウロラ様は、何かに気づいている。ゲームで見てきた「アウロラ」ではない。 「言いましたでしょう?私には病を治す特別な力などございませんのよ。救う力がありましたら、惜しみなく使っていた事でしょう」 「……そうですか。ダフォディル様は兄の病について、無知で非力なお方でしたか」 アウロラ様のあまりにも酷い侮辱的な発言は、本来ならば許されるものではない。 「……その通りですわね。今は心よりお悔やみ申し上げますわ」 だけど私は、それ以上話すのは避けて「では、帰りの馬車を待たせてございますので」と別れを告げた。 アウロラ様も、食い下がってくる事こそなかったものの、背後からは禍々しい程に嫌な視線を感じていた。 ──もしかして……アウロラ様が、女神様の仰せになった「イレギュラーな闇」なのかも……。 不意に思い出したけど、まだ確信出来ない。 でも、アウロラ様は……普通の令嬢には見えない違和感がある。 まるで、この世界に馴染んでいないような。 それは世界の異物かも、しれない。
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