運命に捨てられて光の子として生まれ

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ゆっくりと全身の汗を洗い流し、湯上りに冷たいローズヒップティーを頂いて、落ち着いてから向かった晩餐の場では、当然というべきか皆がどよめいた。 「ダフォディル、遅かったな。お前が遅れるとは珍しい……ダフォディル?!その背後の者達は一体……」 「ダフォディル、あなた、まさか……いえ、そんな……まだ成人もしていない子供のあなたが……」 「いえ、父上、母上。確かにダフォディルの背後には人知を超えた存在が控えています。ダフォディル、君はついに高位の精霊を召喚したのかい?」 「──皆様、光と闇の中級精霊が見えているのですか?」 「中級精霊?!しかも光と闇の……ダフォディル、本当なのか?」 「はい、本日召喚と契約に成功しました。光の中級精霊エーオースと闇の中級精霊ヌーメーニアーです」 「古代の異国語を用いた名付けまで……」 家族全員が驚愕に目を見開き、動揺を隠せずにいる。 私が光と闇の中級精霊を召喚出来た事は、いくら私が神童とまで呼ばれていたにしても、家族を大いに驚かせたようだ。 「この、光の化身のようなお方が中級精霊で、宵闇のようなお方が闇の中級精霊なのかしら?」 「はい、お母様。ですが、なぜ皆様に確かな姿が見えているのか分かりませんが……」 「でも、見えるんだよ。とても美しい方々が」 そう、光と闇の中級精霊については、契約すると他者にも気配を感じ取れたり姿が見えてしまう。 その事はエーオースからも教わったけど、まさか家族皆が想像以上に感じ取る力が強かったのは意外だった。 ヌーメーニアーが話して聞かせてくれた。 「人は我々を感じ取る時、生命力と親和力の強さに左右され、漠然とした違和感を感じる程度であったり、また人によっては鮮明に見えたりするものなのだ」 生まれ持った生命力と親和力によるんだ……。つまり、家族皆そうした力が強いって事? 「そして、上級精霊にもなると、常人には神と見まごう程、誰にでも神々しく見えてしまうのだとか」 上級精霊は想像もつかないな。光と闇の中級精霊でさえ、生命力の限界を見た気がしたくらいだから。 「……ダフォディル……これは、お前の決めた事なのか?始まったばかりの人生で……」 「すみません、お父様。ですが、私は己の人生を納得のいくように切り拓きたいと願ったのです」 「それが、険しい道のりであってもか?」 「──はい。ここまで見て感じてきた中で、覚悟を決めました。でなければ、今後カタロン殿下やアイオーン殿下とも向き合ってはゆけません」 「そう、か……あの揺籃にいたダフォディルが遥か先へと歩み出すのか……」 私は力を発揮した。もう隠しておく事は出来ない。 それは、私も覚悟した上での召喚だったから後悔はしない。 見える敵、まだ見ぬ敵──あらゆる敵に立ち向かうには力がいる。 私は、たくさんの優しさに包まれて生きてこられたけど、そこに甘えてたら運命は切り拓けないでしょう。 甘えてばかりじゃ、緩やかな腐敗へと繋がる気がするんだよね。 一生涯を親に頼るわけにはいかないものだし、子供は大人になれば社会に出て人と関わって、何らかの働きをするものだから。 でも、お父様達には親としての複雑な思いがあった。 「……私達は、親として……お前が生まれてきた時に誓ったんだ。何ものからも守り抜くと……。だが、運命の歯車は回り出し、お前はお前の人生を定めようと歩き始めたんだね」 「お父様……私は、それでも幸せに生きる娘です。お父様達、家族皆から愛されて幸せな娘です」 「ああ、私達はお前を常に愛している。──だからこそ、一人歩きを始めたお前を……目の届かない所でまでは守りきれない事が、悔やまれる事になるのではと苦しくもなるんだ」 「お父様、すみません。ですが……私は悔やみません。受けてきた愛も、守られてきた生い立ちも現実の事で、それは真実ですから。それらが泣き方も知らない赤子だった私を一人の人間として育んでくれたのです」 「ダフォディル……」 「たくさんの愛情を、ありがとうございます。これからも、どうかお父様とお母様の娘として見ていて下さいませんか?お兄様にも、一人の妹として……一緒に成長していって欲しいです」 「──ダフォディル、お前は僕の大事な妹だ。底なしの才能を秘めていても、特別な力があっても、生身の女の子で可愛い妹なんだよ」 「……ああ、カエルスの言う通りだ。ダフォディルは愛しい大事な家族だ。それだけは何があっても変わらない」 「そうね、ダフォディルは私達の娘で──かけがえのない家族ですよ。ダフォディル、忘れないで。私達家族は常に、あなたの人生が利用されない事を、あなたらしく生き抜ける事を、心から満たされる事を望んでいると」 「はい、お母様。お父様、お兄様も。私はこんなに素晴らしい家族に恵まれている事を忘れません」 ──こうして話は収まって、私達は家族の絆を確かめ合い、各々の部屋に戻った。用意された晩餐の料理は、落ち着いて食卓を囲める状態ではなかったので、それぞれが部屋に運んでもらう事になった。 思えば驚天動地の一日だったけど、確かな収穫はあった。 でも、朝から集中したり興奮したりしていたせいか、部屋で食事を済ませて、時間が経って夜中近くになっても、なかなか眠気を感じない。 普段ならベッドで寝息を立てている時間になっても起きている私に、メイドが気遣って声をかけてくれた。 「お嬢様、何か温かいお飲み物をご用意致しましょうか?」 「そうね……」 寝る前に飲むなら、安眠を誘う成分が含まれてた方がより良いよね。適度なカルシウムに程よい糖分……。 ここで、東洋医学でいう疲労感があれば、気血水の流れを良くするカモミールティーが良いんだろうけど、今夜は疲労感より昂揚感のせいだからね。ストレートに眠気を求めよう。 「ホットミルクをお願い。お砂糖を少し加えて、シナモンスティックも添えて欲しいの」 せっかく用意してもらう飲み物だから、使用人や家族も安心させられるように、飲んだらすぐベッドに入れるよう考えてみた。 「かしこまりました、すぐにお持ち致します」 「ありがとう。ごめんなさいね、夜まで働かせて」 「いえ、お嬢様にお仕え出来る事は、私どもの誇りですので」 何だか精霊達の事もあってか、それとも幼い頃からの行ないのせいか、崇められてる感じがするけど……こんな見られ方には、まだ慣れる事は出来ない自分もいる。 だけど、自分のした事や理想を追ってゆく事を思えば、立ち位置からして受け容れなきゃいけないかも。 「お嬢様は謙虚すぎるのです。まだ幼い令嬢でありながら、どれほどの偉業を成してこられたか……辺境伯家でした頃より、数々のお振る舞いに私どもは感銘を受けてまいりましたのに」 やっぱり、そういうの見られてきてるんだね。 「そうかしら……自分を俯瞰して見る事は私には難しくて。でも、ありがとう。私は傲る事なく実直に真っ当な努力を重ねていきたいわ。それが周りからの期待に応える事になるもの」 「お嬢様は本当に理想が高いのでございますね……ですが、ご無理はなさらないで下さいませ。精霊様を召喚あそばされた事も、おめでたい事ですが、頑張りすぎればお心もお体も損ねてしまいます」 彼女は私が生まれた時からついてくれているメイドだから、良く見てくれてる。だからこそ忌憚なく言えるんだし。 それでも今いる精霊達の気配について触れてこないのは、彼女が私を慮ってくれてるからだよ。 何より……。 「今はその思いやりが心を落ち着かせてくれるわ。これでホットミルクが加わったら睡眠薬なんて出る影もないわね」 前世は心も体もぼろぼろにしたからね。今は本当に恵まれてる。 「嬉しいお言葉でございます。──では、ホットミルクをお持ちするまでお待ち下さいませ」 「ええ」 出てゆくメイドをソファにもたれて見送ると、背後から声がかけられた。 「そなたは従者にも随分と慕われているようだな」 「あら、それだけの真心がなくては、私を召喚出来なかったでしょう」 「ヌーメーニアー、エーオース……今日は本当にありがとう」 「今日に限らん。これから命運を共にする我々だからな。これしきの事、何ともない」 「それは心強いわ」 短い一言の中にも、様々な気持ちをこめて返した。感謝、今後の信頼、励み。 それは正しく伝わったみたいで、彼らは薄く笑みを浮かべた。 「さあ、飲み物がくるわ。口にして、落ち着いて眠りなさい」 「ええ、──おやすみなさい」 「良い夢を、と人の世では言うのだったな。眠りの夢は自在にはならぬが、眠りは現から人を解き放つ。よく眠れ。これからの現実世界で叶える自身の夢の為に」 「そうね、その通りだわ」 「──お嬢様、ホットミルクをお持ち致しました」 「ありがとう。頂くわね」 ホットミルクはほんのり甘くて、シナモンスティックの香りがミルクの優しさを際立たせる。熱さもちょうど良くて、喉に優しいし体が暖まった。 「美味しいわ。よく眠れそうよ」 「それはようございました」 私は冷める事のないぬくもりが自分を支えてくれているのを実感して、そして息をつくように穏やかな眠気を感じる事が出来た。 「寝るわね、おやすみなさい」 「はい、お嬢様。ゆっくりお休み下さいませ」 そして眠りについて、一日ずっと張りつめていた緊張の糸が解けたのか、夢さえも見ない程に深い睡眠を得たのだった。 ──この夜が明けたら、また始まりがある。 それを心に刻みながら眠りに身を委ねた。
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