運命に捨てられて光の子として生まれ

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私は髪を染めるのをやめて、身を隠す事もやめた。 虹色の髪に黄金色の瞳をあらわにして、人前に立つ。 それまでに付き合いのあった令嬢達や各々の家の者達──皆の目が集中して足がすくみそうになるけど、私は悪い事なんて何もしていない。だから、当たり前のように自然に振る舞う。 王室にも神殿にも、すぐに私の祝福を受けた容姿は広まった。更には精霊達を召喚する事に成功して契約しているという事実も知られてしまったので、どちらもが私を獲得しようと躍起になって動き出した話が、嫌でも耳に入ってくる。 特に神殿に仕える人達は我が家に押しかけて来てまで、私に執着した。 「ダフォディル様は神殿で巫女として祈りを捧げるべきお方です!それこそ、神より与えられし祝福を持つ者の務めでございましょう」 いや、私は女神様から言われてないよ、そういう人生を生きろって。 これにはお父様が激怒して追い返してくれた。 「私の娘は容姿に関係なく、己の求める人生をこそ全うする為にだけ生を受けた命だ!祝福は人の人生を縛るものではない!帰れ!」 そして、今まで最も気にしていたアウロラ様の敵意は、確信と共に憎悪を膨らませて、最高潮に達したようだった。 けれど、怯んだりしない。 私には、やらなければならない事がある。この世界に生まれさせてもらったからには、安穏と無駄には生きられない。 アイオーン殿下も気にはなるけれど、カタロン殿下も放ってはおけない。 どちらにも気を持たせようだなんて思わないけど、──どちらも救いたい。私の力が使えるのであれば惜しまない。 決意を胸に、自ら表舞台に立ってお茶会も開催した。 サーブさせるお茶菓子も念入りに考えた自信作だ。 「お越し下さった皆様に、季節の新鮮な果物を使用したタルトをご用意致しましたの。喜んで頂けましたら嬉しいですわ」 「まあ、素敵なタルトですわね。これは何かでコーティングされていますの?きらきらして果物が宝石のようですわ」 「はい。表面にゼリーを薄く塗って、果物がこぼれ落ちないようにしてございますのよ」 タルトをお出しするのは、アウロラ様とかぶるけど。ここにはアウロラ様をお呼びしていないから構わない。 「こんなにも美味しいタルトは初めて頂きますわ。ダフォディル様のお美しさとタルトの輝きが競演するかのようで溜め息がこぼれます」 「本当に。タルトとゼリーの控えめな甘さに、果物の爽やかな甘酸っぱさがお口の中で調和しますわね」 スイーツがそんなに発達していない時代で奇をてらうアイデアを出すなら、それは少し控えめに留めておいた方が良い。 これは、悪いけどアウロラ様の失敗から学んだんだよね。人前では食事もデザートも食べにくい程、きつく締めたコルセットが当たり前の時代なんだから。 「紅茶はタルトに合わせて、少し渋みの効いた茶葉を選ばせて頂きました。ストレートでも美味しく頂けますの」 「細やかなお心遣いが嬉しいですわ。私は本日お呼ばれした事を、きっと友人達に自慢してしまうでしょうね」 「あら、私もですわ。素晴らしいお茶会に参加出来たのですもの」 今回招待した人達は伯爵家令嬢が中心だけど、伯爵家でも勢いと人脈のある人を厳選して招いたからね。 つまり、このお茶会を成功させられれば、社交界での私の立場は必然的によろしいものとなるのよ。 私は仕上げに微笑んだ。 「皆様のお喜びになられる笑顔が、本日一番の素晴らしい甘味ですわ」 前世で人の機嫌に振り回されてた人生を生きたのは、伊達じゃないからね。一言の大きさなら嫌という程知ってる。 「ダフォディル様は噂以上にお優しいお方ですのね」 「そうですわよね、ささやかな言動のひとつひとつに心が温まりますわ」 「それに、ダフォディル様とこうして向き合っておりますと、何だか背筋が伸びるようでいて、心が穏やかになる気持ちも感じますのよ」 「あら、あなたも?私も感じてましたわ。もし天上の存在に触れられたら、このような心地になるのかしらと……」 令嬢達が口々に褒めてくれるのは、お世辞だけではないと伝わってくる。エーオースとヌーメーニアーの気配も後押ししてくれているのだろう。 あとは、私の評判が好意的な言葉で広まるのに任せればいい。 アウロラ様には逆恨みされるだろうけどね……。 でも、先に挑んできたのはアウロラ様。私は私で、真っ向からは相手にしない事で返すしかない。 相手の出方次第だけど、基本は真っ向勝負しない事。いなして、かわして、あしらう。 私には今の人生を、心から幸せなものにして生きるっていう目標があるから、無益な争いなんてしてられない。 案の定、私を讃える噂が広まると、アウロラ様は凄まじい癇癪を起こしたらしい。 アウロラ様付きだったメイドが八つ当たりのターゲットになり、折檻された上に解雇までされた話が私にも聞こえてきた。 そのメイド、何しろ……お父様が侯爵位を賜った後に新しく雇った、準騎士家出身のメイドの遠い親戚だからね。 そうなると当然、話も入ってくるよ。アウロラ様の暴行に我が家のメイドは憤慨して、仲間の使用人達にも話していたし。 だからといっては何だけど、被害に遭ったメイドはお父様にお願いして、私専属のメイドとして雇い入れる事にした。 痛々しいくらい両手に包帯を巻いて我が家に来た彼女は、トラウマを抱えながら私に頭を下げて挨拶した。 「マーシャと申します、雇って頂けました事は光栄でございますが、この手では満足な働きが出来ないかと存じますが……」 「まずは傷を治す事に専念してね。私の元で働くのは元気になってからでいいのよ」 このマーシャは私にとって、貴重な情報源になってくれる。 使用人を多く出す家系の娘だったマーシャを受け入れて、私は貴族家の裏も聞けるようになった。 それから数日後のある日、いつも通りに王城へ赴くと、温室へ案内された。 するとそこは完全に人払いされていて、アイオーン殿下の隣にはなぜかカタロン殿下もいたのよ。 「両殿下にご挨拶申し上げます……あの、本日は……」 戸惑いながら問うと、殿下達は真剣な面持ちで口を開いて、アイオーン殿下が小さな箱を取り出して見せた。 殿下が開いた箱には、一本のブレスレットが収まっていた。 「──レディ・ダフォディル。初めて顔合わせをした時に言ってくれた言葉……王室派にも貴族派にも囚われない、私達にはそれぞれ欠かせない役割があるという一言に、私達は救われました」 「二人で継承する訳にはいかない玉座ではあります。しかし、どちらかに付き、もう片方を排斥しようとする大人達の思惑から、レディの言葉は私達を確固たるものにしてくれたのです」 「その通りです、レディ。私達は話し合いました。その上で、二人でレディに贈ろうと決めたブレスレットです。このモルダバイトこそが、私達の心にふさわしい石だと思っております」 「私などに……己が身の丈に対して、過分なまでのお品を……」 ブレスレットは繊細な銀細工で、美しくカットと研磨がなされた宝石質のモルダバイトが三粒あしらわれている。 ──待って、これはフラグが立った合図のはず。ゲームでは物語が始まるのは十五歳からで、モルダバイトのアイテムが出るのは十七歳の時だから、かなり早い展開に変わっている。 なぜアイテムがモルダバイトかというと、およそ三百年前辺りのヨーロッパでは恋人にモルダバイトを贈って愛を示すのが流行したから。 その史実を取り込んでるんだよね。 だけど、何で二人からという形での贈り物なんだろう?仲の良い兄弟ではあっても、まさか一人の令嬢を共有するだなんて考えはありえない。 私は当然ながら悩んだし当惑した。 ──今この場では、相手の気持ちが感謝か恋慕かも分からない以上、遠慮しておいた方がいいかも。 そう考えるに至るのも仕方ない。 「畏れながら、こうした贈り物にどうした受けとめ方をすべきか、まだ存じ上げておりませんので……私の幼さをお許し下さいませ」 どうにか丁重にお断りしたものの、殿下は差し出したブレスレットを引っ込める事はしなかった。 カタロン殿下が、私を思いやってか、殊更穏やかに口を開く。 「レディ、正直に言いますが……私達は自分のレディへの感情全てを一つにした名前を、まだ決める事も出来ていません。それは申し訳ないのですが、しかしレディが私達にかけがえのない言葉をくれた事への感謝に贈りたく思っています」 それは率直な気持ちを伝えてくれてると思う。だからこそ、自分の判断は簡単に揺らいでしまうのは……我ながら単純かもと思えるけど、でもカタロン殿下は真面目に言ってくれてるんだから。 そこで更に、アイオーン殿下が追い打ちをかけてきた。 「レディ・ダフォディル。あなたが感じている疑問には、まだ全てお答えする事は叶いませんが……この三つの石にかけて、いつか必ず叶える事を誓います。私からはその心をこめました。そこには、あなたを悲しませる邪な感情は一切ありません。ですから、どうか受け取って下さい」 「……あの……両殿下……」 ここまで真摯に言われたら、相手の気持ちが読めないからだなんて断り文句を貫けないよ。 「……自分で着けてみてもよろしいでしょうか?両殿下のお気持ち、ありがたく頂戴させて頂きます」 押し負けた感もあるけど、こんなふうに迫られたら恋愛抜きだとしても心はときめくし、それもあの奥手とされた殿下達からだもん、もう尚さら意地は張れない。 私がそっとブレスレットを受け取ると、殿下達の表情がぱっと明るくなった。こう、やわらいだというか……殿下達も緊張してたんだね。 「……とても素敵です、このお品……ありがとうございます」 カットされたモルダバイトは、深く澄んだ緑色が落ち着いていて美しい。 ──殿下達の暮らしも、この石みたいに落ち着いていられる日々になればな……。 王家のお家騒動は、まだ当分終わらないだろうけど、いずれはと祈らずにはいられない。 「気に入ってもらえて嬉しいです、レディ」 「レディ・ダフォディル、あなたの細く白い手首に映えて美しいです。受け取ってもらえて良かった」 殿下達は揃って喜びを口にしてくれた。 これで良いかな、そう思い直していると、カタロン殿下が切り出した。 「──そろそろ、今日のところはお別れしなければなりませんね。三人で話しているところを見られて、それを邪推されるのは築き上げたものを穢されるようで……」 そうだ、私はあくまでもアイオーン殿下の婚約者候補なんだから、そこは弁えてなきゃ。 「レディ・ダフォディル、馬車までお送りします」 「アイオーン殿下、ありがとうございます。カタロン殿下にも、本日の事は感謝申し上げます」 「ええ、私も有意義でした」 こうして、アイオーン殿下に付き添われて馬車に乗り込み、私は帰途についた。 馬車に乗るまで、足元がふわふわしているような、夢見心地っていうのかな、何だか落ち着かない気持ちで、鼓動がうるさく騒いでた。 ……これはまだ定まらない感情なんだから、誰も決められていない気持ちなんだから。 しっとりした雰囲気の馬車の中で、私は自分に言い聞かせた。 ──そして、帰宅して家族との日常に戻ったけど、なぜかブレスレットについて触れる人はいなかった。 どうしてだろう。夜、ベッドに入ってブレスレットを着けた手首を上げて眺めながら考えていると、やがて手首は自然と降りてゆき、私の意識はなめらかに眠りへと落ちてしまった。 そこで、懐かしいお方にお会い出来るとは思いもよらないまま。
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