運命に捨てられて光の子として生まれ

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その私が自我をもって前世の記憶を蘇らせたのは、生後七ヶ月を迎えて離乳食のお粥を食べさせられた瞬間だった。 ──あ、美味しい。 私は美味しさに顔をほころばせた。 「あら、見て!ダフォディルが笑ったわ!」 「何て愛くるしいお顔なのでしょうか、幸せを頂けるような笑顔でございますね!」 「絵師を今すぐ呼んで描かせなければ!」 「あなた、ダフォディルはまだ赤ちゃんですのよ?絵師を前に人見知りするかもしれませんわ」 美味しい、だなんて。そんな感覚、前世では記憶にない程に遠い幸せだった。同時に、前世の記憶が怒涛のように脳内を駆け巡った。 ──ああ、私は惨めに死んでいって……それで、確か……。 異世界転生してしまったんだ。私を取りまく人達の容姿と、朗らかなやり取りを眺めてみれば、そう理解するしかない。 「ふ、ふぎゃ……」 私は前世の最期を思い出して、その自分の憐れさに泣き出した。 「まあ大変!お粥が熱かったのかしら?」 「お父様、お母様、ダフォディルが笑ったり泣いたりするのを初めて見ました!今までお人形さんみたいに静かだったのに!」 「そうだな、これからはきっと色々な表情を見せてくれるだろう。今は全力であやさなければな。家中のおもちゃを持ってくるんだ!」 「はい、かしこまりました!旦那様!」 「よしよし、ダフォディル。お母様が抱っこしてあげましょうね。良い子ね、生きている証なのよ、ダフォディル。可愛い私達のダフォディル……」 彼らは私の両親と兄、そしてメイド達なのだ。私は皆に守られて生きてきたと知った。 でも、ダフォディルという名前には僅かな記憶がある。確か、繰り返しプレイしたノベルゲーム「愛憎の彼方へ」に出てくるサブキャラにダフォディルという令嬢がいた。 でも、ゲーム内ではヒロインをいじめ抜く悪役令嬢の取り巻きの一人でしかなく、キャラ説明も「茶色の髪に黒い瞳をした、王都でも中堅の伯爵家令嬢」としか書かれていなかった。 もちろんスチルの一枚どころかボイスさえ与えられていない、とことんサブキャラの一人。確か、悪役令嬢が断罪される時に一緒に処罰されて──後の事は何も書かれていない。 私はそのダフォディルとして生まれ変わったんだろうか?こんな変わった名前、他には聞いた覚えがない。 そうなると私は、当然ながら来たる将来に怯えた。でも、とりあえず今は、家族全員をはじめとして、育み守ってくれる皆が優しくて温かくて、私は愛情に包まれている。 それが私を取りまく現実そのものだった。 私が生まれたのは、国境を守る辺境伯──フィニアス辺境伯の仲睦まじい夫妻の元だった。家族には夫妻の優しさを受け継いだような兄のカエルスがいる。 この、フィニアス辺境伯という設定はゲーム内の設定と異なる。 私はその違和感を、悩んだ末に女神様の采配だと受けとめた。 だって、女神様は「今度こそ幸福に満ちて、愛されながら生きられる人生を、あなたにあげる」と言って下さっていたから。 そうして周囲の慈愛は、心変わりする事なく私に向けられて、私は将来への不安よりも現状の幸福に酔いしれた。 しかし、二歳を迎える頃には、さすがに我が身の異常に気づかざるを得なかった。 この世界では、生まれ持った髪の色と瞳の色によって、召喚出来る精霊や使える魔法の属性が決まる。 例えば、青系の色なら水系の精霊や魔法を、緑系なら風系の精霊や魔法を、といった具合だ。 原作のダフォディルなら茶色の髪と黒い瞳だから、地の精霊を召喚出来て、闇系の魔法を扱える事になる。 しかし、私の髪の色は──虹色。しかも黄金色の瞳なのだ。 これは、全ての属性の精霊を召喚出来て、全ての属性の魔法を使える事になる。しかも黄金色の瞳は創造主から祝福を受けた証とされていて、この組み合わせは二百年に一人でも生まれるかどうかという程の激レアなのだ。 そして──ゲームのヒロインであるアウロラこそが、この色彩を持って生まれる設定だった。 なぜ私がアウロラの色彩を持っているのか分からない。 それにアウロラは子爵家令嬢だ。対して私は豊かな辺境伯令嬢。名前も私はサブキャラに与えられていたダフォディルそのままなのが不思議でしょうがない。生まれもアウロラと違って子爵家ではなかったのも気になる。 もしかして、私はアウロラが享受するはずだった運命というべきか……髪や瞳の色彩と、それらが意味する力を、代わりに女神様から与えられてしまったのだろうか? だとしたら、ゲーム世界の設定を変えすぎているんだけど。創造主は怒らないんだろうか。 それでも、この世界にこうして生まれた事は変わらないんだから、まずはこの世界で生きてゆく為に知恵をつけないと、どうしようもない。 ゲームの内容はあらかた覚えてるけど、この世界の細かいところまでは、設定されていない部分もあるはずだし。 それはリアルとして身につけないと。 「ダフォディル、ほら、絵本だよ。読み聞かせてあげようね」 「おとしゃま……ありあとうれしゅ、うれちいれしゅ」 まだ幼くて舌が回らない……。お父様はとろけるような笑顔になって、そんな私の言葉を聞いてるけど。 「では、父様のお膝に座りなさい。──ほら」 抱き上げられて、包み込まれるようにして座る。開かれた絵本の文字は、ゲームのスチルで見たままの解読不可能な文字だった。 そう、どこの国の言語を元にしたかも分からない謎の文字なのよ。アルファベットとも全然違うし。これ、制作側は考えて作ったものなのかも分からない奇妙な文字なんだよね。 何だか雰囲気で適当に描きました、みたいな羅列に見える。 だけど、それでもこの世界では実用的なもので、これで基本は読み書きされてるんだよね? なら、覚えないと。絵本の単語や文法は多分、基本中の基本を使ってるし……なるべく絵本をたくさん読んでもらおう。 「えほん、たのちいれしゅ。しゅき」 「そうか、絵本が好きか。なら父様が読んでやれない時でも、誰かが必ず読んでくれるようにしよう」 「おとしゃま、だいしゅき」 「そうか、ダフォディルは父様が大好きなのか。よしよし、父様がダフォディルに絵本をたくさん買ってやろう」 こうして私は、絵本から文字の読み方を学べる事になった。何かが読めるようになれば、次は書いてみる。この地道な繰り返しで、難解な文字の攻略を進めた。 そうなると、段々とこの世界の細部まで理解出来るようになり、私は愛されながら世界に馴染んでいった。 まだこの時の私は、無邪気にすくすくと育つようにと守られた、子供でしかなかった。 毎日が心地よく過ごせるように大切にされ、天真爛漫でいられる事を許された子供。 もしかして、こんな恵まれた世界は死後の夢ではないのかな。──そんな不安を感じた夜も少なくない。 「おやすみなさい、ダフォディル」 「はい、おやすみなさい。おかあさま、ねむるまで、おててをつないでいてくださいますか?」 「ええ、私の可愛い宝物。あなたは創造主からの素晴らしい贈り物よ」 「えへへ……」 不安な夜にねだってみると、決まってお母様が、私を優しさでくるみ込む。柔らかい手が私の小さな手を大切に包んでくれる。 すると安心して、すうっと眠りに落ちてゆく。 ──ある日の夜も、今の恵まれすぎた環境に不安と不信に心を翳らせて、お母様の手に包まれながら眠った。それは四歳を迎えてから、初めてお母様にねだった夜だった。 普段なら深い眠りに落ちるのに、どうしてか鮮明な夢を見た。 この眠りの夢の中で、私は青空が広がる空間にいて、そこで懐かしい存在と見慣れない存在に会ったのだった。
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