運命に捨てられて光の子として生まれ

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夢の中は、いつか見た青空の世界だった。 少し先に女神様が静かに佇んでいるのが見える。私の打ちひしがれた魂を救ってくれた方だ。 「──女神様!」 私は嬉しくなって駆け寄った。 「迷わずに来たわね。あなたに見せたいもの、聞かせたい事があるわ──さ、まずはご覧なさい」 女神様に足元を見るよう示されて、私は見下ろした。 そこには小さな空間が出来ていて、前世の家族全員が映っている。父親も母親も、私が死を選んだ時より老け込んでしまっていた。 「お父さん、あんなに好きだった野菜炒めもきんぴらごぼうも全然食べないって聞いたから作ってあげたのに……」 父親の前で姉がぼやいている。 私に炊事を押しつけていた姉の作った料理。野菜炒めはキャベツが焦げているし、きんぴらごぼうも色がくすんでいる。 それでも父親の為を思って作ったのは伝わるけど、父親は箸を置いて息をついた。 「……あいつの作った味にはならないだろ」 姉は溜め息をもらして、「お母さんは?また部屋にいるの?」と話題を切り替えた。 部屋──私が生活していた和室には、私の遺影が置かれていて、両脇に花が供えてあった。 花は瑞々しく、花瓶も手入れされていて清潔に保たれている。 「初めの子を産んであげらんなかった時、もう二度と子供は死なせないって決めてたのに……死なせちゃったね……あんたが死ぬ程苦しんでたのに、お母さん気づいてやれてなかったよ……」 母親は遺影の前に正座して、消え入りそうな声で写真に収まる私へ語りかけていた。 姉は、そんな母親の寂しい背中を黙って見つめて──うつむいて唇を噛んだ。 ──知らなかった。考えてみた事もない。残された家族が、私をどう思うかなんて。 「これは自ら死を選んで尽きた時から三年が経過した世界」 女神様が教えてくれる。かといって、私は生き返れないし、ダフォディルとして生きてきて既に馴染んでいる。 「……さようなら、お父さん、お母さん、皆」 私は足元の光景に呟いた。 悔やむならば、どうして生きていた時の私を。そんな悔しさより切なさと悲しさを感じる。 嫌な思いばかりだった。でも、疎まれても憎まれてもいなかった。それだけが分かればいい。 「……女神様。私はいつか、彼らが心を落ち着かせて穏やかに生きられるようになれば、それでいいと思います。私はもう、ダフォディルとして生きてゆきます。そのつもりで、この歳まで生きてきました。生きる道を模索しました」 「──そうね……ダフォディル、与えたものを活かして生きる道を選んでくれて嬉しく思うわ。前世において厳しい環境の中でも、常に生きる道を模索していたからこそ選べた道でしょう」 「そんな……私は、与えて頂いた全てに甘えるだけでは駄目だと思っただけですから……」 「そうやって考えて生きる事を選択した、それが大事なの」 女神様は慈愛に満ちて、心が温まるような笑みをたたえている。 それが全てを物語っていて、私は悔やまずに生きてゆけると信じられる気がした。 そして、気持ちが楽になると、今度は前々から考えていた疑問を口にしたくなった。 女神様なら、その答えをご存知なはず。 「あの……アンドレッド伯爵家令嬢として生きているアウロラ様は──彼女こそが目覚めたイレギュラーな闇だと思っているのですが……彼女は何者でしょうか?」 「彼女は下界にさ迷っていた哀れな魂を掬い上げた者、それ以外の何者でもないわ。アウロラという名付けは偶然の産物。──イレギュラーな闇は世界に暗躍する邪悪」 「……邪悪……?」 「そう。彼女は私が掬い上げた時、あの家の娘とする事はもちろん、あの容姿にする事も考えてはいなかった……イレギュラーな闇の力により彼女は運命を歪められた」 アウロラ様もまた、掬い上げられた魂?それでいてイレギュラーな闇ではない? そもそも、世界に暗躍する邪悪って、正体は何なんだろう。実体があるかさえ分からない。 訊いてみて余計に謎が深まってしまった。 考え込む私に、女神様は語った。 「ダフォディルの行ないは輝かしく、まるでイレギュラーな光のよう。けれど間違えないで、光差す所には必ず影という闇が生まれるもの。それは誰が光となろうとも変わらない真理。ダフォディルが輝かなくとも、いずれは誰かの影で闇が生まれた事でしょう」 抽象的な言い回しは深い意味がある事だけなら分かる。 私は女神様の言葉から、自分のあるべき姿を思い浮かべながら精一杯の返事をした。 「……私は、生身の人間です。中途半端に前世を終えた私には、自分が何を成し遂げたいかさえも、これから考えなくてはなりません。この人生でも、完璧な人間ではあれないです。全ての人に良い人とは言えない人間でもあるでしょう」 こんな事を女神様に言うのは間違っているかもしれない。 でも、私の本当の心を言葉に乗せる事で、改めて自覚して未来への道しるべにしたい。 「常に自分の弱さや未熟さも孕んでいると思います。時に誰かが傷つくかもしれないし、私自身も無傷のままでは済まないはずです。──それでも、私は、今度こそ諦めずに生き抜きたいです」 上手く伝えられただろうか?女神様を相手に不遜だろうか。 息を詰めて女神様を見つめていると、柔らかく微笑み返してもらえた。赦しの笑みだった。 「それでいいの、ダフォディル。アウロラとして生まれた者がアウロラとしての人生に向き合い戦う事を選ぶ時──あなたもまた、生まれた世界の現実と向き合って荒波と戦うのだから。生きなさい、そして全うするのよ」 それは、私が本当の意味で人生の産声を上げる為の、後押しと励ましの言葉だった。 姿を見せているのか、まだ現れていないのか。それさえ分からないイレギュラーな闇は、私にもアウロラ様にも牙を剥いて待ち構えている。 怯んでも立ち向かうしかない。逃げれば前世のような失意に襲われるのだから。 「はい、必ず全うします。女神様」 これだけは誓えるから、私は今生きている世界の中の、紛れもないダフォディルとして頷いた。 「ええ。私は常に見守っている。──さあ、朝が来るわ。目覚めなさい」 女神様、またお会い出来ますか。そう問いかける間もなく、私の意識は浮上して、瞼はぱっちりと開いた。 そこは自分の部屋で、私は新しい朝を迎えていた。昨日と何が違うかといえば、女神様からの教えと励ましを受けられた事だった。 ──こうなると、アウロラ様も見方を変えなきゃいけない。 彼女はイレギュラーな闇ではない。 もっと、世界の深いところに──邪悪が潜んでいる。
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