運命に捨てられて光の子として生まれ

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それは少し時を遡る。 王都の中の、ある屋敷の一室で彼女は目を覚ました。 横たわった状態から見える天井が、景色が違う。見た事もない景色に変わっている。 怪訝に思いながら身を起こすと、見下ろす我が身があまりにも幼い体になっている。長く伸びた髪も、その長さも色も自分と違う。 見回すと、室内に豪奢な鏡台があった。ベッドから降りて駆け寄ると、向き合った鏡では見た事のない幼女が自分と同じ動きをする。 これは夢なんだろうか。彼女は、それにしては鮮明すぎると恐れさえ感じる。 そこに、ドアをノックする音が響いて、はっとしてドアを見やる。 「アウロラお嬢様、お目覚めでございますか?」 声をかけてきたのは誰なのか?それにしても、アウロラといえば思いつくのは一人しかいない。私はアウロラなのか? ──だとしたら、おかしい。こんなの違う。 声を振り絞って「起きてるわ、入って」と言ってみると、声も幼くて細い。 「アウロラお嬢様、顔色が優れませんが……夢見が悪くございましたか?」 メイド服を着た若い女性が洗顔の道具を持って入ってくる。後からお茶らしき物の一式を持って入ってくる女性が続く。 これでは昔の貴族のお嬢様だと思いながらも、アウロラなら確かに分かるとも思う。でも、違和感はどんどん大きくなった。 アウロラ──貧しくも慎ましく暮らす子爵家の娘。それがなぜ、こんなに高価そうな家具を集めた部屋で寝ていたのか。 こんなにも丁重にかしずかれているのか。 「私は……ねえ、私は誰だと思う?」 世話を焼くメイド達に問いかける声は微かに震えていた。 メイド達は不思議そうに顔を見合わせてから、太鼓持ちのように愛想良く答えた。 「それは王都にお暮らしのアンドレッド伯爵家令嬢、アウロラ様でございます」 「……伯爵家?」 茶色い髪に黒い瞳の伯爵家令嬢──アウロラなのに、思いつくのは別の一人だ。 「……お嬢様?いかがなさいましたか?」 「お茶を置いたら、少し出ていてくれるかしら?一人で考えたい事があるの」 「ええ、はい……かしこまりました」 置かれた紅茶を口にする。香りが分かる。味が分かる。熱さが口に広がる。 ティーカップを置いて、低く唸った。 「……何で……何で、これがアウロラなのよ?こんなの違う、悪役令嬢の取り巻きのモブでしょ?私はアウロラなのよ、なのに何で……間違った世界に、こうして生きてるのよ!」 彼女は憤り、「信じられない」「こんな世界は舞台からしてアレと違うでしょ?!」と喚き散らし、部屋にあるクッションや人形を手当り次第に殴り投げて八つ当たりした。 そして息を切らしながら、呟いた。 「これが捻じ曲がった世界なら……私はアウロラとして全てを正しく曲げ直してやる……」 その情念を知る由もない「ダフォディル」は、辺境伯である父親の帰還を純粋に喜んでいた。 もうすっかり今生きている世界に馴染んでおり、生きる事を謳歌し、周りから愛されている事も受け容れて、自身も周りへ心を開いて気遣っていた。 自分と相反する「アウロラ」の誕生には、全く気づいていなかった。 ダフォディルがアウロラと出逢うのは、まだ先の話になる。 アウロラとして生き始めた彼女は、「貧しくも慎ましく暮らす子爵家」に、「間違ったダフォディル」が生きているかもしれないと神経を尖らせたが、そんな子爵家は存在していなかった。 もはや、何がどう間違っているのか理解出来ない彼女は、「正しく」アウロラであれるように己を偽り、それは何の導きも得られないと悟れないまま、伯爵家で育ってゆく事になったのである。 * * * 戦で命を落とした人達へ追悼のお祈りを捧げた後、城内では騎士の人達ももちろん含めて、大規模な宴が開かれた。 大人の人はビールやワインを呑みながら楽しそうに歓談し、肉料理やシチューを焼きたてのパンと一緒に食べている。 「あの、奥様とお嬢様の奇跡のハンカチを見たか?」 「ああ、まさに神業だったな!しかし出陣の時にお嬢様が何やら唱えておいでだったが、あれは何の言葉だったんだ?聞いた事もないぞ、あんな言い回しの言葉」 「それが、どうやら古代魔法らしいんだよ。あんな幼子が口に出来るなんて、お嬢様は末恐ろしい程の鬼才の持ち主でいらっしゃるよな!」 「古代魔法?!大人でも古代文字なんて読める人は僅かだろう?兄君も剣の鍛錬や勉強も怠らないし、ご夫妻は本当に誇らしいだろうな」 「全くだ。いずれは国を背負って立つ程のご兄妹だよ」 私はその場には居合わせていなかったけれど、盛んに褒め讃えられていたと後から聞かされた。 皆が沸き立って騒いでいる時、私とお兄様も、家族の食堂で両親と共にお祝いの料理を頂いて、久しぶりに一家団欒を楽しめていた。 お兄様はたいそう喜んで、しきりにお父様へ話しかけて、辺境伯軍の勇猛果敢な戦いぶりに興味津々で耳を傾けたりもした。 私達が自室に戻った後に、お父様とお母様も宴に顔を出すらしい。明日のお父様は、きっと二日酔いになってると思う。 お祝いは城内だけに留まらない。 辺境伯の城では、冬に備えて、食糧庫には十分すぎる程の備蓄があるし、家畜も健やかな状態で数多く飼育されている。 お父様はそれらから、勝利のお祝いを言いに来た領民へ振る舞う為の、栄養豊富なスープとパンを作らせた。 「お父様、皆さん喜んでますよね」 私がはしゃいで話しかけると、お父様はにこやかに応えた。 「そうだな。でも、これだけじゃない。短い冬が終わって、お前と同じ名前の花が咲いて春を告げてくれる頃には、我が家にも春が来るよ、ダフォディル」 私はお父様の意味深な物言いに首を傾げたけれど、その真意は私が眠りに就いてから、お父様とお母様の間で話し合われていたの。 宴を終えて、お父様は夫婦の寝室に入ってからお母様に告げた。 「此度の侵攻も食い止め、撃退に成功し……何しろ祖父から三代にわたって辺境伯として功績を上げてきたからな。それを高く評価されて、春には侯爵位を賜る事になった」 「あなた、それは……あなたは、もう命を懸けて戦いに赴かなくてもよくなるという事ですか?」 「ああ、新しい領地も与えられるそうだ。後任にはフィラムス子爵家の主が就く事になる。春になったら一度王都に行って、そこで国王より正式に爵位を授与される」 「まあ、王都へ行きますの?……ですが、そうなりましたらダフォディルは……」 「うん。だから王都へは、私一人で出向こうと思う。ダフォディルの髪と瞳の色は……王家の方々や神殿の者達に知られれば、ダフォディルの自由が損なわれるかもしれない。まだ幼いあの子には、大人の思惑やしがらみなど見せずに、伸び伸びと生きていて欲しいからね」 「本来ならば、妻である私も同伴するのが決まりなのでしょうが……分かりました。私は領内に残ってカエルスとダフォディルを守りますわ」 「助かるよ。二人共まだ親の保護が必要だ。どうか余計な横槍を入れられる事なく、真っ直ぐに育つよう手助けしてくれ」 私の髪と瞳の色は、あまりにも特別だった。王家や神殿の人が知れば、確実に騒動が起きる。私は取り立てられて、持て囃され──国の道具にされかねない。 両親はそれを危惧して、私の日々を守ろうと考えてくれていたのよ。 その話し合いを聞いていない私は、安らかに眠っていた。 夢の中では、お花畑で家族揃って笑いあっていて、現実と同じくらい幸せにしていたの。
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