運命に捨てられて光の子として生まれ

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お父様は新しい領地を賜って、まずは視察をする事になった。お兄様も私も初めての事に興味津々で、おねだりしてご一緒させてもらった。 私は目立ちすぎる髪を見られる事で面倒事が起きるかもしれないから、しっかり結い上げた上に、つばの広い帽子をかぶって隠しておいた。 広い畑に、たくさんの家畜小屋。確かに豊かそうに見える。でも、私達一家はすぐ違和感に気づいた。民がうつむきがちで幸せそうには少しも見えない。 「この辺りは豊かな領地だと聞いていたんだが、民の暮らしは豊かに見えないな。農機具も旧型の物のようだ。なぜだろう?」 お父様が領地民に声をかけると、警戒しているような目つきで言い返してきた。 「畏れながら……豊かなのは領主であるお貴族様の懐だけでしょう。ここ数年豊作が続いたのをいい事に、やたら税を上げて……ひどい取り立てに遭いました。こちとら食うや食わずやの生活ですよ」 前の領主は相当な悪徳貴族だったようだ。新しく来た私達にも疑心暗鬼な眼差しを向けているし。 だけど、お父様とお母様は違う。辺境伯として頑張っていた頃も、領民を大事にしていた事を私は知ってる。 お父様は「ふむ」と頷いて、指示を出し始めた。 「まずは農機具を全て最新の物に変えさせよう。ああ、領民からの負担は求めないから安心するように。次は税の改定だな、豊作でも一定以上は取らないし、不作になるような事があれば慮って軽くしよう」 それを聞いた人達は目を丸くした。 「お貴族様ってのは、平民を軽く見ているものだとばかり思ってたのに……」 「税を軽くする?収入が減ってもいいだなんて貴族の方は初めてだ」 「しかも、農機具を新しくしてもらえたら、農作業が捗るようになるじゃないか!体も楽になるぞ」 「ありがたい……これは夢じゃないよな?」 私とお兄様は、お父様を誇らしく見上げてから笑顔を交わした。お母様もにこやかだ。 それから私達一家は、住み慣れたお城に別れを告げて、新しい屋敷へ引っ越した。 屋敷は私達を待ち受けていたかのように、内装も調度も庭も完璧に整えられていて、正直お城を離れた寂しさもあったけど、屋敷の素晴らしさに期待感を抱く事が出来た。 屋敷には、お城にいた頃の使用人達と騎士も一緒に移って来ていたし、だから尚さら馴染みやすかったのかもしれない。 そのおかげで、新しい屋敷でも快適に暮らし始める事が出来たのよ。 そこでも私は、お兄様と一緒に勉強を頑張った。とにかくお兄様が熱心なのよ。妹に質問する事を恥とは思わず、真剣に学ぼうとするの。 「古文書の教えが難しくて……ダフォディルは、これらを理解出来ているかな?」 「教え、ですか?お兄様」 「布施、自戒、忍辱、精進、禅定、智慧……と、読む事は出来たんだけどね……意味が分からないんだ」 なるほど……と私は思った。 仏教の教えには、功徳を積む為の行ないについて六つの善行がある。それらの事だ。私は噛み砕いてお兄様に話してみる事にした。 「現代の言葉で言いますと、自ら進んで他者に与える事、より良い生活習慣で生きる事、感情任せに怒らない事、努めて明るく物事に励む事、心を落ち着かせていられるようにする事、他者を差別せずに公平に見る事……というものです」 これらで己を律して生きる事が、自分を含む誰の為にも良いとされているんだよね。 「つまり、より良く生きろっていう意味なのかな?」 「そうなります。──これは別の教えですが、ある神様が人間の男性と女性を作り出した時、「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と祝福されたそうです。つまり人間というのは、祝福を生まれ持っていて、それを性善説でもって活かして生きる事が求められているんだと思います」 「ふうん……教えというのは奥が深いね。性善説、か……人間同士の争いや、傲慢な生き方は良くないって事だよね?」 「はい、さすがお兄様です。ご賢察です」 お兄様は物分りが良くて賢い。でも、こうした教えを古文書という形で残している国なのに、何だか矛盾もしている。 まだ辺境伯だった頃、攻め込んできた第三皇子率いる隣国の軍勢を撃退した後、隣国からは和平を結びたいと申し出があって、この国は受け入れた。 でも、和平と言いながら、実際には隣国から農作物や特産物の他に労働力まで搾り取っているんだよね。 これは収奪している事になるし、その時点で和平を結んだ対等な国とかではなく、隣国は植民地支配されている国に他ならないのよ。 それで性善説を尊ぶのも……表向きのポーズなだけではないの? だけど、私は一介の貴族令嬢にすぎないし、まだ子供だし、国政についてとやかく言える立場じゃないから、心で思うだけに留めるしかない。 少し、もやもやするけど……驕れる者も久しからず、とも言うし。 でも、今は自分の生き方を大切に、私を大切にしてくれる人達への感謝と思いやりを忘れずに、毎日を生きるしかないのよね。 そうこう考えているうちに、勉強の時間は終わりになって、私は家族で晩餐を頂いて、部屋でお風呂に入って寝支度を済ませた。 ──女神様と創造主は、私をどう見ているのかな? 私なりに出来る事を頑張って、幸せに生きているけれど、それで満足してもらえてるのかな。 そんな疑問が、ふと脳裡をよぎって、私はそのまま眠りに落ちた。 夢の中では、あの懐かしい青空だけの世界が待ち受けていた。 「ここは……あっ、女神様!お久しぶりです!」 私が駆け寄ると、女神様はほのかに微笑んだ。慈愛に満ちていて美しいそれに、思わず見とれてしまう。 「ダフォディルとして生きる魂。見守ってきたけれど、健やかな心身で育ってきてくれていて嬉しく思うわ」 「皆が私に良くしてくれるので……幸せです」 照れながら言うと、女神様は手を伸ばして頭を撫でて下さった。ふわっとした感触に酔いしれそうになる。 けれど、女神様が次に発したお言葉は驚くしかないものだった。 「イレギュラーな闇が、少し前に目覚めた……気をつけなさい、彼の者はあなたを受け容れはしない。むしろ害をなそうとするでしょう」 イレギュラーな闇?全く想像がつかない。 「それは……どういう意味なのか、私には分からないです、女神様」 問いたい気持ちが湧いて止まらないけれど、女神様はそれ以上語るつもりはないらしい。お姿が段々と霞んでゆく。 「──ダフォディル、あなたの幸福を見守っている事を忘れないで」 その一言を最後に、夢はぷつりと途切れてしまった。気づくと窓の向こうに朝焼けが見えた。 真っ赤な朝焼けが。
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