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今でも信じられない。というより信じたくなくて、マリコにも恋人の写真を見せてもらった。が、逃げ出したくなる事実をつきつけられただけだった。
「どうしよう、って頭真っ白になったけど」
彼の隣で丸い銀縁のメガネをかけた、マリコの丸い笑顔を目にして、同じくらい、園乃は思ったのだ。
「なーんだ、って」
不意に、声のトーンが開き直ったかに明るんだ。絶え間なく傘の上に跳ねて踊る雨粒のように、一言、一言、唇から飛んでいく。
「相手、マリコなんだ?
勝てるじゃん、あたし。
あたしの方が、カワイイもん。
とっちゃえばいいじゃん」
また不意に、つまずいて震える。
「奪ってでも、この人欲しいって。思った。
別れさせてでも。あたしのものに、したいって」
傘の下にいるのに、園乃の頬は涙に濡れる。
「ホントに思うんだね、そういうこと。その人のことしか考えられなくて。ただ好きで。
しつこい男に散々、人の心はモノじゃない、って言ってきたくせに。
もう連絡しても返事も来ないし。あたしが最後って言ったんだし、婚約者とるのも当たり前だよね、なのに思うの。
なんで、って思うの。
あたしの方が、って」
サイテーだよ。
この一年。マリコだけが、そばにいてくれたのに。
〝慣れたら簡単だよ〟
屋上や中庭で、一緒にお弁当を食べた。パンを買って食べる園乃が、美味しそう、とマリコの手作り弁当をのぞき込むと、時短レシピとコツを教えてくれた。
〝聞かれても私もわかんないけどね〟
試験前の放課後は、マリコの教科じゃない勉強にも付き合ってくれた。
〝おはよう〟
廊下で会えばいつも手を上げて声をかけてくれる。園乃が一人で寂しがらないように。
「だからあたし、友達いないのに学校来れたの。マリコのおかげ。マリコがいたから。学校来るの、イヤじゃなかった」
長い一人語りの間、男は聞き役に徹していたが、園乃の瞳からいよいよ本格的に涙が縁を超えて溢れそうになったこのとき、静かに口を開いた。
「紙と、書くもの、ありますか」
園乃が戸惑って瞬く。学校帰りだから、カバンの中に入っている。
「ある、けど」
「書いてください」
「何を」
「あなたが先に、マリコを呪えば。願いは、叶うんじゃないですか」
――え――?
男の表情はやはり動かない。向けられた瞳の目力にたじろぎ、園乃は、物騒な言葉を聞き間違いではないかと疑うが、構わず、男は赤いポストへ近寄った。腕を伸ばし、手のひらが、触れたかに見えた瞬間だった。
――!――
息をのんだ。園乃の目の前でポストが全面黒に染まったからだ。触れただけで、男が塗り替えてしまった。
呪う。言葉の禍々しさを目の当たりにしたようで、突如背中に怖気が走る。
「あなたの、願いを書けばいい。それだけです」
ぱっちり開いたまま、逸らさない。男の丸い瞳はただ黒い。何ものも映さず、おろおろと園乃が投げかける問いも迷いもためらいも、返されることなく、深みに吸い込まれ、そして。黒はより濃く、いや増していく。
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