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もともと雨は好きじゃない。
〝雨、上がったらね〟
あの笑顔があったから。楽しみにもなったけど。
高校の門を出て、園乃は傘の下から灰色の空を見上げる。今日も朝から雨がしつこく降り続く。夏服の白い半袖ブラウスを着ていても蒸し暑い。サイテーだな。天気に呟く言葉は、傘をさしても腕を濡らす雨粒のように我が身にも落ちた。あたしも、だけど。自分から、見せて~、なんて言っちゃったクセにさ。
重い足取りで家路をたどり、橋を渡る。手すりから下を覗くと、水量が増した川が茶色く濁流と化していた。どろっどろ。あたしの心の中みたい――相手の写真まで見せてもらっておきながら、結婚間近の元担任におめでとうの一言もかけられなかった。
ホント。サイテー。
橋の終わりに続く街路に、赤い郵便ポストが立っている。そういえば、あったな。普段手紙を投函することもないので気にも留めていなかったが。足を止め、そのまま見つめた。じっとしばらく突っ立っていると、自分もポストになったかの気分だ。さらにいつの間にか、もう一つ、いやもう一人、園乃の隣に、黒いポンチョを着た男が佇んでいた。ポストと園乃と男で、一歩ずつ離れて正三角形を作る格好になっている。
ナニこの状況。
首を傾げながら、園乃は、男の姿に瞬きした。黒いフードの下の髪も、ポンチョの隙間から覗くシャツの袖も、ズボンも靴もみな黒い。
「お兄さん、黒すぎ。黒いてるてる坊主みたい」
本当は、仕入れたばかりの噂話を思い出して、男を一瞬黒いポストかと疑ったのだったが。そんなわけないか。都市伝説だよね。小さく苦笑した。
「ねえ、お兄さんも、もしかして知ってる? 郵便ポストって、赤いのにさ。見てたら自分の心の闇がシンクロして、黒になる。そうして呪いのポストに変わるってやつ」
返事がない。興味ないか、と園乃は肩をすくめた。ポストに視線を注いだままの男の整った横顔に、一応弁解する。
「別に信じてないよ」
あたしが見てても全然色変わんないしさ。腹の中、こんな黒いのに。
「友達が教えてくれたの。マリコ、怖がりのくせに、好きで、都市伝説の類。なんかそういう、スピリチュアルとかパワースポットとか、フシギ系の話も。信じてるわけじゃないけどさ、まあそれなりのことしたら、呪われたとしたって仕方ないよね。それで地獄に落ちちゃっても。地獄って、みんなお兄さんみたく真っ黒なカッコしてるのかな。閻魔大王? も黒いのかなあ」
どろどろのモヤモヤが長い独り言になってしまった。話題を変える。
「お兄さん、黒くてもてるてる坊主ならさ。雨そろそろやませてよ。川溢れたらヤバイじゃん」
軽く笑って、立ち去るはずが。男がこちらに顔を向けていて、初めてまともに目が合った。
「あなたの中の、土砂降りを。止めてあげられたらいいんですけど」
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