お見舞い

1/4

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

お見舞い

 今日もあの人はそこにいた。  病院の隣にある小さな公園のベンチ。木々に囲まれた中にいつも同じ男の人がぼんやりと座っている。まるで空を行く雲を追うように顔を上げたまま動かない。  年のころは80歳を過ぎたくらい。見た目は悪くない。渋いおじい様という感じ。若い頃はきっとかっこよかったのだろう。  服装も白いシャツにベージュのチノパンと清潔な感じだ。どこか粋な感じさえする。  チラチラと視線を投げかける千恵(ちえ)に気がつきもせず、心あらずと言った感じで病院を見つめ続ける姿にふと心配がよぎった。  徘徊とか不審者とかそういうたぐいの人じゃないよね……? もしかして通報とかした方がいい?  迷いながらも公園を通り過ぎてしまう。  きっと大丈夫。  不審者だったらとっくに掴まっているだろうほどにはこの人はここにいた。そう言い聞かせながらもつい足は速くなる。  病院に入ると外の爽やかな空気からは一変する。消毒薬の匂い、清潔な真っ白い空間、体調の悪い人とその看護をする人にあふれているこの場所に入ると千恵は少しだけ息が詰まる。  何ともないはずなのに自分もどこか悪くなったような気分になるからあまり得意じゃない。  売店の前を通り、エレベーターの前に来ると慣れたように目的の階を押す。誰とも乗り合わせないまま上昇していくといよいよ病巣の深い場所にもグルコンで行くような気がする。  エレベーターを降り病室の前に来ると中から賑やかな笑い声が聞こえてきた。消毒薬と真っ白な空間に似合わない華やかな声は祖母、(さち)のものだ。  扉を開け顔を覗かせると、4つあるベッドの一番奥の窓側に祖母のベッドがあった。その周りに同じようなパジャマ姿の女性たちが集って賑やかなおしゃべりに花を咲かせている。 「あら」  祖母は千恵に気がつくといたずらが見つかった子供の様な顔をしてみせた。 「今日も来てくれたの、千恵ちゃん」 「うん、あの、こんにちは」  いつも人の中心にいる祖母とは違って人見知りの千恵はモジっとしながらペコリと頭を下げた。集まっていた女性たちが「あら、お孫さん?」と一斉に視線を向けてくる。その圧にはいつも慣れない。 「そうなの、可愛いでしょ。千恵ちゃんっていうのよ」 「はじめまして、千恵ちゃん。幸さんに似てほんとに可愛いわ」  そう言われてもお世辞だってわかっている。  成人しているのに背が小さく童顔なせいか、今でも子供と間違われるちんちくりん。ぱっつんと切りそろえたボブはひそかに「まる子」と呼ばれて笑われているのも知っている。  煌びやかな大学の中に溶け込めないコンプレックスは余計にひどくなるばかりだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加