健ちゃんの秘密

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健ちゃんの秘密

 その日は幸のこれからについてドクターと話し合いがあったから、千恵は母と一緒に早い時間帯に病院へと来ていた。  普段はまっすぐに入院病棟へと向かうから他の外来について気にすることはなかった。だからその中にどんな人がいるかなんて見たこともなかった。まさか健ちゃんがいるなんて想像もしていない。  診察室の前で母と名前を呼ばれるのを待っていた時のことだった。遠く離れたソファに見慣れた顔があることに気がついたのは。  最初は見間違えかと思った。  だけどあの年齢にしては珍しい長身と細身の体。柔らかく端正な顔立ちは遠くにいても人目を引く。  幸といる時の柔和な顔とは違い暗く沈んだ雰囲気に千恵は声をかけそびれた。見ちゃいけないものを見てしまった気がして慌てて目をそらす。  健ちゃんもどこか悪いんだろうか。  ふいに最初に逢った時のことを思い出す。あの時触れた身体は病的と言っていいほど細く弱々しかった。  嫌な考えが頭をよぎる。  健ちゃんの事を何も知らない。どこに住んでいるのか、今どういう暮らしをしているのか。そもそも何でこの病院に幸がいることを知っていたのか。  考えるほどに違和感ばかりが募っていく。  診察の番が来て、これからのリハビリや退院に向けての話をしている間も千恵は落ち着かなくてソワソワした。  このことを幸に話したほうがいいんだろうか。  いや、その前に健ちゃんに問いただしてみなくては。  診察の後に久しぶりに病室に顔を出すといって母は幸の病室へと向かった。千恵は少し用事があるからとひとり診察病棟へと戻った。  さっき健ちゃんが座っていた診察室の名前を見る。そこは腫瘍内科という聞きなれない診療科だった。だけど名前の響きからわかってしまう。 「うそ、だよね……」  あんなに健ちゃんとのこれからを楽しみにしていた幸の姿を思い出す。その為にリハビリも頑張っているのに。  いや、早とちりはよくない。この辺りに座っていただけで違う科だったかもしれないし。そもそもすぐにどうこうなる病気と決まったわけじゃない。  千恵は落ち着こうと深い呼吸を繰り返した。  だけどタイミングが良かったのか悪かったのか、診察室からでてきた健ちゃんとバッタリと鉢合わせしてしまった。  互いにびっくりしたまま動けなくなる。  先に笑みを見せたのは健ちゃんだった。 「やあ、千恵ちゃん」  その声は普段幸の病室で会う時の健ちゃんのまま。穏やかでゆったりと陽だまりのような声だ。 「健ちゃん」  だからどう言葉をかければいいのかわからない。  健ちゃんは病気なの? もう助からないの?  口を開けばそんな悪い言葉ばかりになりそうで千恵はぎゅっと唇を噛んだ。  健ちゃんは困ったように眉を落とすと「座ろうか」と空いているベンチに知恵を誘った。並んで腰を掛けると健ちゃんからは消毒液の匂いがした。 「いつ言おうか迷っていたんだけどね」  まっすぐに前を見たまま健ちゃんが話し始める。 「さっちゃんが入院中くらいは持ちそうだから黙っていようかと」 「でもおばあちゃんは健ちゃんとデートするのを楽しみにがんばってるの」 「うん。いじらしくて胸が痛いよ」  ふ、と表情を緩めて笑みをこぼす。 「もっと早く会えていたらよかったのにって何度も思ったよ。ぼくの変なプライドや意地がさっちゃんを遠ざけたくせにさ。幸せにできないからなんて、ただの逃げだけどあの時はそういうしかなかった。馬鹿だろ」  
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