健ちゃんの秘密

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 千恵はぶんぶんと首を横に振った。  昔はそういう時代だったんだろう。きっとお互いに苦しんで納得させて今まで生きてきた。  それを否定することなんかできない。 「あの日、」と健ちゃんは遠くを見るように視線を前へと向けた。 「体調が悪い日が続いていてね、軽い気持ちで受けた検査の結果が出て。そしたら……思っていたよりも悪くて。そうか、いよいよかって考えたりして。そんな時だよ、さっちゃんが運ばれてきたのは」  あの日もこうやって病棟のソファに腰を掛けぼんやりと考え事をしていた。一人だし誰かを残す心配はないけれど、ふいにさっちゃんとの約束を思い出した。遠い昔、最後の瞬間には逢いたいと願った女性。 「そんな時に急患で運ばれてきた女の人がいて。すぐにわかった。さっちゃんだって。痛いだろうに彼女は気丈にふるまっていて、処置室に運ばれていく間も冷静だった」  これは運命かもしれない、そう思ったという。 「普通に考えたらもう二度と逢えなかっただろうさっちゃんの姿を見つけて、偶然同じ病院にお世話になって。だけどどうやって逢いに行けばいい? もうぼくのことなんか忘れているかも? そんなことを考えてながら数日が過ぎて」  あの公園で千恵に会った。 「君があまりにもさっちゃんに似ているから幻かと思ったよ。もしかしてぼくはずっと夢を見ていたのかも、なんて。あの時のまま時間が止まっていて、もしやり直せるなら今度は絶対に離したくない___そんな事を願っていた」    そこまで言うと健ちゃんは困ったというように深い息を吐いた。 「さっちゃんに会うたび死にたくないと思うようになった。せっかく逢えたのに……これから取り戻せるかもしれないのに……神様はなんて残酷なことをするんだろうね」 「おばあちゃんには……」  このことを知ったらショックを受けるだろう。あんなに楽しそうな幸の顔が不幸に歪むのを見たくない。それは健ちゃんもきっと同じだ。  沈黙が落ちる。  少しして健ちゃんは「うん」と自分を納得させるように頷いた。 「話すよ、さっちゃんに」 「でも」 「いつまでも騙していられないからね。それに黙っていてぼくが会いに行かなくなった方が残酷だろう?」  それは確かにそうだ。  健ちゃんを待ちわびながらもう会いに来なくなったら……今度こそ捨てられたと思うだろう。そっちの方がショックが大きい。  健ちゃんは日を改めて話しに行くよと言った。  飄々としてみせながら健ちゃんが一番傷ついている。自分をどう納得させようかと足掻いている。    どうして神様はこんな試練を与えるのだろう。  一度ならず二度までも。同じ人との永久の別れという心の傷を何度与えれば気が済むというのだ。  病室でニコニコと笑う幸を見ているのが辛かった。  この幸せがすぐに壊れるものだと知ってしまったから。願わくばどうか___少しでも長く幸と健ちゃんが一緒にいられますように。
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