健ちゃんの秘密

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 リハビリに精を出す幸が元気になるのと反対に健ちゃんは少しずつやつれていった。  幸のところに来る前に自分も診察にかかり、それから顔をだしているという。健ちゃんも入院した方がいい、もっと治療に専念したらどうかと千恵は思うけれど、そのたびに健ちゃんは小さく首を振る。 「いいんだよ、自分の命は自分がよくわかってるから。先生にも呆れられているけどさ、これでいい。最期の迎え方くらい好きにしたいだろ?」 「だけど……治療をしたらもっと長く生きられない?」 「そうかもしれないね。でもぼくはベッドの上に縛り付けられるよりさっちゃんのそばにいたい。本当にこれが望みなんだ。迷惑かもしれないけど許してくれないかな」  そう言われてしまえば何も言い返せない。 「ねえおばあちゃん」  健ちゃんが帰ってから聞いたことがある。このままでいいのか、もっと長生きしてほしくないのかって。幸だってきっと健ちゃんに元気になって欲しいだろう。  だけど祖母は少しだけ考えて答えた。 「健ちゃんって昔からそうなの。飄々としてかっこつけて何を考えているのかわからない。そして自分で勝手に結論を出して終わり。だけどね、初めて我がままを言ってくれたの。健ちゃんの正直な気持ちをね。それが嬉しくて……だからね健ちゃんの気持ちを尊重しようと思うのよ」 「でも入院した方がこれから長くいられるかもしれないのに」 「そうかもしれない。でも健ちゃんがベッドに縛られたくない、ここにいたいっていうならそれは健ちゃんの人生なのよ。わたしのものじゃない。そりゃ健康になってずっと一緒にいたいわ。でももうこの年になるとね、覚悟を決める方が早いのよ」  少し体調が悪いからと入院してそのまま帰ってこなかった人をたくさん知っている。病院だって万能じゃない。もしものことがある。  まだ若かったら回復の見込みの方が高いけれど、健ちゃんくらいの年になったらそれは難しいだろう。ほんの数か月……ううん、数週間命が伸びるだけかもしれない。  その為に今ある自由を失いたくない。  それは勝手かもしれないけど健ちゃんの願いだった。 「だからね、いいの。健ちゃんのやりたいようにしたらいいわ。わたしはすべてを受け入れるし、見送る」  祖母は千恵を見るとふわりと微笑んだ。それはすべてを受け入れた菩薩のようで、千恵の目に涙があふれた。 「わかった……もう言わない」 「でもね、わたしがもっと若かったら千恵ちゃんと同じことを考えるしそう言うわ。だから千恵ちゃんが間違えているわけじゃないのよ。心配してくれてありがとう」  その言葉に幸の今までの人生が垣間見えた気がした。  どれだけの不条理を飲み込んで受け入れてきたんだろうと。どれだけ望んで諦めて自分を納得させてきたのか。  よく笑う人だと思っていた。  幸せな人生でいいなと妬んだこともある。  千恵のように悩んだことがないのかと。苦しみを知らずに生きてこれた祖母をずるいと思ったこともある。  だけどそれは千恵が知らなかっただけ。  逃げずに向き合ってきたからこその強さなのだと今わかった。
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