健ちゃんの秘密

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「おばあちゃんを好きになった健ちゃんってお目が高いね」  泣き笑いでそう言うと祖母はいたずらっ子のように目を開き「そうかしら、そうよね」と笑った。 「わたしもね健ちゃんを好きになってこんな恋をできたの、幸せだと思うわ。健ちゃんに大切にされたことも、ずっと想ってもらっていたことも……全部宝物よ」 「うん。そうだね。素敵な宝物だね」  多分遠くはない未来に健ちゃんはいなくなるのだろう。  その瞬間思い出すのが昔祖母と過ごした日々であって欲しい。今またこうやって過ごした時間であればいい。  願わくば少しでも長くその思い出が増えますように。  たくさんの笑顔と共にありますように。  健ちゃんが来る日が徐々に少なくなっていった。  お見舞いと言いながらどちらが見舞われているのかわからない日もある。それでも幸はいつものように笑顔で健ちゃんを迎え入れ、ひっそりとした時間を過ごすのだ。 「ねえ健ちゃん」と幸は小指を絡めながら囁いた。 「もし健ちゃんがいなくなってもわたしが最期を迎える時が来たら逢いに来てくれる? 今度こそ一緒にいてくれる?」 「もちろん。くたびれたジジイだと思われないよう一張羅で逢いに行く」 「だったら怖くないわ。もう大丈夫よ」 「さすがさっちゃん、その頃にぼくのことを忘れないでいてくれよ」  二人は顔を見合わせてとても幸せそうに微笑みあった。  それが健ちゃんを見た最後の日だった。    それからまもなく幸の退院が決まった。  幸の朗らかな人柄のせいか、退院する時には他の病室のお友達も顔を出し、さみしくなるわと言葉を掛け合っていた。  その様子を見ていた母が感心するように呟いた。 「やっぱりお母さんってすごいわ」 「やっぱりって?」 「ん? そうねえ、わたしがこの家にお嫁に来てからね意地悪されたことが一回もないの。本当の娘のように可愛がってくれてね、裏があるのかもなんて訝しく思ったこともあったけどそんなことなくて。全世界みんなを愛していますって感じ。いつもまわりに人がいて幸せそうな人だなあって思ってた」 「そうなんだ」  千恵もずっとそう思っていた。  だけどその胸の奥にある激情を知ってしまった。  みんなに愛を振りまきながら最愛の人を失った。辛いだろうにそれを表に出すこともなく再びひっそりと思い出の中にしまい込んでいる。  健ちゃんとのあの静かな時間を誰に知られることもなく、周りには相変わらず楽しげな笑い声が響いていて、誰もが幸せそうなおばあちゃんだとみるだろう。 「そういう千恵もなんだか雰囲気が変わったわね」 「え、そう?」  母は千恵をじっと見つめながら「うーん」と困ったように首を傾げた。 「どこがっていわれたら難しいけど……なにかしら、前はもっと人見知りだったけど今は余裕が出たような……明るくなったというか……うまく言えないけどいい感じよ」  それはこの数週間が千恵の心を大きく変えたからだ。  どうせわたしなんかと自分を卑下することをやめた。  幸のように強くて優しい女性になる。愛にあふれいろんなことを受け入れる器のあるひとになりたい。その為にはいつまでもイジイジと下を向いている暇はないのだ。  みんなとのお別れを済ませた祖母がいたずらっ子のような顔をしてやってくる。 「ねえ千恵ちゃん」 「なあに、おばあちゃん」 「今度一緒にカフェに行きましょう? 美味しいお店があるって教えてもらったのよ」 「わ。いいね、行こう行こう!」 「いいな。わたしも参加させてちょうだい」  母も入ってきて盛り上がる。 「じゃあみんなで素敵なカフェ巡りでもしましょう」  病室のドアを開けるとふわりと病室のカーテンが揺れた。  幸は振り返り今はそこにいない健ちゃんの姿を探すように視線を動かした。 ___またね、健ちゃん  お洒落をして好きな人に逢って。たくさん笑ってやりたいことをする。そして健ちゃんに逢った時に教えてあげるのだ。  わたしはこんなに幸せだったのよ、と。  だから今はしばしのお別れ。  いつか迎えに来るその時まで健ちゃんへの慕情はひっそりと眠り続ける。 fin
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