お見舞い

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 挨拶をかわしながらも手際よく脈を取り検温を済ませていく。 「今日も顔色がいいわ。よかったね、千恵ちゃんが来てくれて」 「ええ、毎日孫が来てくれるなんて幸せ者ですよ」  そう答える祖母はいつもの祖母の顔でほっとした。さっきのは何だったのか、見てはいけないものを見たような気がして心臓がドキドキしている。  看護師さんが出ていくと部屋の中はしんと静かになった。 「千恵ちゃん。今日もありがとうね」  祖母は労わるように千恵の手を撫でた。 「ほらもうこんな時間。暗くなる前に帰らなきゃ」  祖母の目じりに柔らかな皺が深い溝を作った。笑い皺は幸せの証だって誰かが言っていた。じゃあ祖母はずっと幸せだったって事なのだろう。  千恵はほっと息をつくと頷いた。 「また来るね」 「ありがとう」  病院から出ると空はオレンジに染まり大きな太陽の光が目を刺した。  人気のなくなった公園を見ると伸びた雑草が風に揺れていた。見上げた祖母の病室からは淡い光が漏れている。  消灯の時間がきても幸は眠られず動かない足に小さく息をついた。寝返りも打てず、ずっと同じ姿勢でいるのはけっこう疲れる。  入院してからいろんな病気の人を見た。  他の患者さんの話を聞いていると死が近くに感じるようになってしまった。  そのたびに考えてしまう。  最後の瞬間、もう一度あの優しい顔をみることができたらと。  孫の千恵やその父である息子のことは可愛いと思う。愛情も当然感じている。家族のことはなによりも大切だしなんの後悔もない。こんな幸せな人生を与えてくれてありがたいとも思う。  だけどそれとは別の場所、誰も知らない心の奥でひっそりと眠っている恋慕がある。  叶わなかった恋。  若くて何もかも夢を見ていられたころに出会ったあの人のことを今でも愛おしく思っている。  目を閉じるとすぐそこにいるような気がする。幸が大好きだったあの笑顔で。さっちゃんと呼ぶあの声はまだ耳の奥に残っている。 「もう一度逢いたいわ」  呟くと甘い思い出の海の中へと沈んでいく。  懐かしくも愛おしい、あの若かった日々へ。
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