幸、女学生の頃

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幸、女学生の頃

 幸がまだ女学生だった頃、その人と出会った。  今でこそ喫茶店に入るのは誰でもできることだけれど、昔はインテリな人やおしゃれな人たちが集う場所だった。幸のような普通の女学生が近寄れるところではない。  だけど幸の父智丞(ともすけ)は遊び人で、あっちのカフェ、こっちのカフェとお気に入りの女給をみつけては通うような人だった。  そのたび母がピリピリとするものだから余計に父は外に楽しみを見つけに出てしまう。そんな家庭だった。  その日も女学校から戻ると母は冷たい声で幸を呼び止めた。 「大事な用事があるのにお父様が帰ってこないの。どこかのカフェで遊んでいるのでしょう。迎えに行ってきてくれないかしら?」 「わたしが?」  幸は驚いて声をあげた。友達から誘われても臆病な幸が近寄れるはずがない。それなのに一人で父を探しに行けと言うのか。あんな華やかで怖い場所に一生行くこともないと思っていたのに。  だけど母に逆らえず、幸は緊張を抱えながらカフェへと足を向けたのだった。  初めて足を踏み入れた繁華街は想像したこともないくらい賑やかな場所だった。  着飾り綺麗にお化粧をした女たちが闊歩し、紳士然とした男たちがいばったように肩をいからせている。どこを見ても幸のような地味な子供はおらず、場違いなところに来てしまったと足がすくむ。  すれ違う人たちはみな楽しそうに靴音を鳴らしていた。  母に教えられたカフェの名前を探しながら石畳の道を歩いた。早く帰りたくて仕方がないのに目的の店はなかなか見つからなかった。まさかもっと奥に行かなければならないのだろうか、そう考えるだけで背筋に嫌な汗をかく。  頼りなく視線をさまよわせていた時のことだ。「ねえ」と鼻にかかった声が幸を呼び止めた。 「可愛い女学生さん。さっきから何かを探しているようだけど迷子?」 「ひゃ」と思わず飛び上がってしまった。  振り返ると体のラインがわかるようなぴったりとしたドレスを身にまとった女が幸を見つめている。女優のような派手な化粧をし、ぷんと甘い香りが鼻をくすぐった。 「そんなに怖がらないで。何か困っているのなら力になるわよ」 「あの、父を探しに来ました。このお店を知っていますか?」  悪い人ではなさそうだと母の書いたメモを見せると女の人は「ああ」と柔らかな笑みを見せた。 「偶然ね、今からここに行くの。一緒に行きましょうか」  天からの助けとはこのことか。幸はさっきまでの恐怖を忘れ子犬のようにしっぽを振る。安心したようにその女の人のあとをついていくことにした。  女の人はすっと背筋を伸ばし、何も怖くないとばかりに前へと行く。その背中は美しく強いもののように見えた。いつも能面のような顔つきで父の後をついている母とはまるで大違いだ。 「お父様がいるといいわね」  侑子(ゆうこ)と名乗った女の人は、はぐれないようにと幸の手を繋いだ。細くてひんやりと陶器のような肌。憧れを込めて見つめるとにこりと笑う瞳と会う。 「さ、ここよ」  初めて踏み入れたカフェはタバコの煙とお酒の匂いに包まれていた。息が苦しくなりうっとつまる。侑子は店の奥まで歩いていくと、背の高い男の人に声をかけた。
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