幸、女学生の頃

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 ドキドキしながらカフェに足を踏み入れると、記憶の中よりもっと素敵になっていた健ちゃんはすぐに幸に気がついてくれた。 「さっちゃん?」 「はい、ご無沙汰しております」  あの時はおかっぱ頭の子供だったけれど今は違う。化粧も覚え、伸ばした髪はお嬢様風ハーフアップにしリボンのバレッタで止めた。  一張羅のワンピースで上品に微笑むと、健ちゃんは眩しそうに目を細め、幸が来たことを喜んで迎えてくれた。 「さっちゃんがこんなに大人になったなんてね」  カウンターに案内され高いスツールに腰を掛ける。  あの時はクリームソーダだったけれど、今日はお酒を頼んだ。初めて口にするアルコールはほろ苦くてすぐに体が熱くなる。頭がほわっとしてグラグラと身体が揺れた。 「危ないなあ。やっぱりジュースにしておく?」  面白そうに幸を見ている健ちゃんにもう子供じゃないのよと口をとがらせた。  もう心細く父を探していた幸ではないのだ。  あれから何年もかけて理想とする女性になろうと努力してきた。身だしなみだけじゃなく所作も身につけた。  健ちゃんに見せたい一心で。  健ちゃんに愛されたくて。  だからあふれてしまう。 「聞いて、健ちゃん」  幸は抑えきれない想いを健ちゃんに伝えた。  ずっと好きだったこと。健ちゃんの隣に立てる女になりたくて努力してきたこと。だからやっと逢えて嬉しい。健ちゃんに会いたくて仕方なかった。  アルコールの力も入ってか、いつもの幸には絶対言えないくらい正直な思いを健ちゃんにぶつけた。  健ちゃんはじっと幸の告白を聞いていたけれど、その気持ちが本物だと理解すると、小さく首を振った。 「そんな可愛い事を簡単に口にするものじゃないよ」  ぽんと頭に手を乗せ、わざと子ども扱いをする。 「さっちゃんみたいな可愛い女の子に好きだって言われて嬉しくない男はいないよ。ぼくだってそう。だけど君にはちゃんとした男と一緒になって、ちゃんとした結婚をして欲しい。こんなカフェの給仕なんかやっている男にはもったいない。でも気持ちはありがとう」 「ちゃんとって何。そんなのいらない、健ちゃんがいいの」  だけど健ちゃんは優しく微笑むだけで、それきり黙り込んでしまった。  何年も温めてきた幸の初恋は一瞬で終わってしまった。  だからといってすんなり諦められるような気持ちじゃない。  幸は健ちゃんが拒まない程度にそばにいようと思った。いつか気持ちが変わって幸を好きだと言ってくれるかもしれない。  それからも幸が店に行けば話し相手になってくれるし、優しくしてくれる。だけどそれは子供だった「さっちゃん」に対する姿勢と同じで、やっぱりちょっとだけ辛い。  そんな時間を数年繰り返していた幸に結婚の話が持ち上がった。  父の仕事の取引先の人で、相手も器量よしの幸を気に入ってくれたらしく断れない雰囲気になってしまった。  年齢的にも遅いくらいの結婚話に両親ともそろそろ潮時だろうと急かしてくる。仕事をするときに味方になってくれた父も今度ばかりは幸の好きにはさせてくれなかった。 「もう十分社会を知っただろう。今度は家庭の中から夫を支えなさい」  その言葉を聞いた母は「そうよ。それが女の幸せなのだから」と勝ち誇ったように幸を見た。  何が女の幸せだ。  自分はいつも不幸そうな顔しかしていなかったくせに。  だからつい健ちゃんの前でも困ったと愚痴をこぼしてしまった。 「結婚、しなきゃだめかもしれない」
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