ささくれ

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「気分転換、か」 「このまま異世界転生でもしたい」 「俺も。チート無双したい。武仲は?」 「俺? 俺はもふもふ農業スローライフ」 「いいね。フェンリルとか」  武仲から再び深い溜め息が漏れた。農業がしたいわけじゃない。ここじゃなければどこでもいいんだ。ここじゃないどこか、か。 「坂巻(さかまき)、肝試しでもいく?」 「肝試し?」 「そう。幻の神津旧道。こっから近い」  それは街アプリにも書かれ、FM神津(こうづ)でも噂になったこの辺りでは有名なホラースポット。  常城町(つねしろまち)には神津旧道に繋がる道がある。既に封鎖されていて誰もたどり着けないはずの場所だ。けど、その神津旧道に入ることができれば、その先は辻切が丘(つじきがおか)の下を通る旧道トンネルに繋がり黄泉の国に繋がっている、という妙にファンタジー味のある噂だ。  この煉瓦坂から神津旧道があった場所まで直線距離で徒歩15分ほどのはずだ。もし、たどり着けるのなら。  二次会に行く気もなれず、かといってすぐに帰ろうとも思わなかった。帰ったら仕事だ。もう少しだけでも気分転換がしたい。木枯らしが冷たい。楽しくはない。何をしてるんだろうと消極的に足を動かし気がつけばいつのまにか見知らぬ路に立ち入っていたらしい。武仲と二人で古い崩れそうなトンネルの前に立っていた。そうしてようやくそこが神津旧道じゃないかと思い至った。たどり着けるとは思っていなかった。 「ここを潜れば異世界に行けるのかな」  武仲の声を少しだけ夢見がちに感じた。 「崩れそうだから帰ろうぜ」  かつては堅牢だったコンクリは時の流れに哀れにひび割れている。 「でもさ坂巻。ここには多分、二度とこれない」  思わず喉がなる。ここは都市伝説の場所だ。そうかもしれない。けれども眼の前に広がるトンネルの奥は、何の光も差し込まない身震いのするような闇だった。真っ暗だ。電灯もない。こんな中を歩くなんて正気の沙汰じゃない。  武仲は一歩を踏み出す。 「おい」 「行って帰ってくるだけだ」 「危ないぜ」 「今以外いつ行けるっていうんだよ」  やけっぱちなその声は、場所と同時に時間という意味で当てはまる。俺達に自由になる時間なんてない。吐き捨てるように振り返った武仲の瞳は僅かな星明かりを反射する他、トンネルの奥より暗かった。ああ、この闇よりも暗いところにいる。俺よりほんの少し闇深い場所にいる。気づけばその後を追い、すぐに闇に飲まれてスマホのライトを点灯する。 「坂巻、消せ」 「なんで? 真っ暗じゃん」 「光が見えない」 「光?」 「早く」  しぶしぶライトを消したが、やはり真っ暗闇で光など何も見えない。自分がまっすぐに立っているのかすら不安になるほどの闇に武仲の手を強く引く。 「何も見えない」 「ずっと先がほんの少しだけ明るいよ」 「どこだよ」  武仲は俺の手を握り歩き始める。 「すごく小さい光だ」
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