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けれどもやはりその翌朝。
「んだよ坂巻、気持ち悪ぃな」
「あ、部長?」
ぼんやりと目を開ければ、部長が俺の左手を指さしていた。目を移せば包帯が茶色く変色している。不思議と痛みは全くなかったが、指先に触れてもあまり感触がない。麻痺しているのかもしれない。あたまが随分重たい。
「すいません、棘を抜いてもらったんですが」
「棘? それお前から生えてんじゃねぇの?」
部長の嫌そうな顔にいたたまれず、消毒液と包帯をもって洗面所にいく。蛇口の壊れた水道のように頭がまとまらない。包帯をほどき、奇妙なことに気がついた。腫れ上がりささくれだった指先は茶色く変色し、その表面に木の棘のような突起が突き出していた。いや、突起なのか変色して固くなった指のささくれなのかはよくわからない。けれどもどうみても悪化している。
この棘はいったいどこで刺さった。一昨日からずっと包帯を巻いている。何かが刺さればわかるはずだ。一つだけ、思い当たることがあった。だから確かめるためにその日は病院にいかなかった。
きつく包帯を巻いた翌日、ぼんやりと目を開ける。
会社の天井の電灯はつけっぱなしで昼か夜かわからないが、窓の外をみれば明るい気がした。酷く目が霞む。そうして左手に目を移せば、包帯の隙間から棘が5ミリほど飛び出ていた。その先端をつまみ、力をかける。棘を抜くときに抵抗を感じ、指の奥が刺すように痛んだ。ささくれをつまんでむいたときのような痛み。恐る恐る包帯をはがせば、指先は茶色く硬いささくれでごわごわしていて、それはあの檜葉の木の皮を連想させた。
お前から生えてんじゃねえの。
部長の言葉が浮かぶ。そんなはずはない。けれども何度思い返しても、他に何も浮かばなかった。このささくれの原因は、そしてこの棘の正体はあの檜葉以外考えられない。
そういえば武仲は帰ったのかな。どっちみちあの木のところにいかなければしようがない。そんな気持ちが心の中を占めていた。まだ誰も出社していない。神津旧道は会社からも遠くない。だからみんなが来る前に戻ってくれば、問題ない。そう思って起き上がろうとしてふらりと膝が傾く。視界が薄暗い。
道も覚束ないままよたよたと歩き、朦朧としつつもいつのまにか神津旧道のトンネル前にいた。そしてヂヂヂという音で見上げて、街灯が点いているのに気がついた。
「あれ? なんで夜なのに」
思わずそう呟いて、昼のようにうす赤い空に更に明るい星が点々とまたたいているのが見えた。トンネルの奥を覗き込めばやけに明るい。そして以前ほど、その中が恐ろしくは感じなかった。足を一歩踏み入れればずっと先に光を感じる。このあいだ武仲と入ったときは真っ暗闇で何もみえなかったのに。
おそるおそるトンネルの中を歩き、あの草木が生え広がる場所に辿りつく。ふと後ろを振り返れば、先程まで明るかったトンネルの内部は闇に満ちていた。
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