浮ついた気持ち

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 伊織は9歳年下の私の弟だ。年が離れていることもあって弟とは姉弟であり親子のような関係でもあった。伊織のおむつを変えてあげていたし、離乳食を食べさせてあげたことも覚えている。周りの男の子たちに何かあれば張り合い、負けん気の強い溌溂とした子供だった私と比べて、伊織はいつも大人しくて穏やかな子供だった。私たちの違いに関して母親は「お姉ちゃんは夜泣きがひどくて大変だったけど伊織は静かで子育てが楽だった」と何度だって言っていたものだ。  物腰の柔らかくて優しい伊織は女性受けが良くて、幼稚園生になる頃には周りの女の子から好かれていた。恐らくはそのせいで意地悪な同級生の男の子に何か言われたり、何かされたりすることが度々あったけど、争いを好まない伊織はされたままだったから、私は伊織の代わりにその男の子たちを叱っては追い払っていた。「お姉ちゃんありがと」ってギュッと手を繋いでお礼を伝えてくれる伊織のことを、私はこれから姉として一生守っていくのだろうと子供ながらに感じていた。  それからずっと伊織とは仲の良い姉弟だった。私が反抗期になった中学時代、まだ幼い伊織はそっと何も言わず傍に寄り添ってくれていた。口出しはされたくないけど、長く一人ぼっちにされると寂しいという面倒臭い女心をよく理解してくれる良い男だと思っていた。伊織が反抗期になったら何をしてあげられるのかと、伊織が成長するにつれドキドキとしながら色々と対策を頭の中でシミュレーションしていたけれど、結局伊織にはそれらしい反抗期は訪れず、小さい頃から変わらず穏やかで優しい子へと成長したのだった。  私が社会人になって伊織が高校生になる頃には彼女を紹介してくれるようになった。中性的で清潔感のある伊織は昔から変わらず女の子から好かれていたけれど、紹介してくれたのは高校生になった頃が初めてで、最初に会わせてもらった時は緊張した。「綺麗なお姉さんだね」なんて小さな声で伊織に呟く彼女の声に、良い大人が気分良くなっていたものだ。  そんな伊織について一つだけ心配していたことがあった。社会人になって家を出た私は実家に暮らしていた伊織とは会う頻度が減っていた。してはいけないと分かっていながらも伊織の彼女のSNSのアカウントを偶然見つけてしまった私は、こっそりと彼女の動向を見て伊織の様子も知ろうとしていた。そこで分かったのが、伊織が紹介してくれた彼女はもう伊織の彼女ではなかったということ。そして伊織が彼女を作ってはすぐに別れていたことだった。いくらモテるとはいえ女遊びを繰り返しているのかと心配したのだった。  しかし伊織の彼女、いや既に元彼女のSNSを見る限り何かトラブルを起こしている訳ではないようだったし、社会人になってそれなりに忙しい日々を過ごしていた私は伊織に口出しをする余裕がなかった。何より元彼女のSNSを見て心配になったなんて伊織に言える訳がなかった。
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