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次の日には、黒川先輩の姿はなかった。
妹のまゆは、彼を探して一日中、家の中を歩き回り、
「くろー、くろー」
と愛しい犬を呼んでいた。
けれど、彼はもういない。
「くろ、いない。くろ、どこ行ったの?!
いたいよー、くろ、いたいよー」
私は、私と同じ感性を持って生まれた妹を抱きしめながら、こうして自分も、まゆも大きくなっていくんだな。と思った。
それからしばらくして、黒川先輩から手紙が届いた。
犬はそんなことしない。
―――拝啓。犬飼家のみなさん。
俺は元気にやっています。
何を書いたらいいか、わからないけど今日は手紙を書きます。
俺は、たかあきさん、ひでかさん、ひな、ともる、まゆ、と暮らせて楽しかったです。
犬飼の家に行く前、俺は本当に酷いところにいて、毎日、殴られたり、熱いお湯をかけられたりして、親にいじめられていました。
それは虐待っていうんだって、たかあきさんが教えてくれました。
たかあきさんは、親がどっか行った、何もやる気がなくなった俺が元に戻るまで、一緒に暮らそうと言ってくれました。
行くところがなかったからそうしました。
だけど、家の窓からひな達の姿を見た時、黒いものが俺の中からぶわって出ました。
同じ子供なのに、何であんなに何でも持ってるんだ。何であんなに幸せそうなんだ。って思った。
俺には何にもないのに。
そういうのは、嫉妬って言うんだってひでかさんから教えてもらいました。
真っ黒をもった俺は、ひな達と一緒に暮らせないと思いました。
だけど、ペットになったらいいんじゃないかって、ひでかさんに言われました。
学校にも行かなくていいのもよかった。
みんなと暮らしたのはよかった。本当に楽しかった。キャッチボールとか、おままごととか初めてした。
だから、時々、あのひでかさんのご飯の匂いがする家に帰りたくなるけど、みんなと暮らした思い出があれば俺は大丈夫です。
それでは、みなさんお元気で。本当にありがとう」
黒川先輩の手紙をしめくくる「ありがとう」は「愛してる」と書かれている気がして、私は手紙を撫でた。
パパも言っていたが、彼は本当に酷い扱いを受けて、人としてろくに生活の仕方も教えられてこなかったそうだ。
だから、傷ついた彼を癒す時間と場所が必要だったのだ。
でもだからと言って、ペットごっこはどうかと思うが、もし、私が黒川先輩と側なら、正気を保っていられたか自信がない。きっと妬ましくて黒いぶわっとしたものに飲まれる。
人は人を嫌うけれど、結局好きになるのも人間なのだから、パパは黒川先輩に人を、自分を嫌わないでいてほしかったんだと思う。
それに、ペットは人を癒すのだから、人がペットを癒す、逆があってもいいと私は思っている。
ともると、夜の散歩をしながら次はどんな犬を飼おうか話しあった。犬をやめて、猫もいいな。なんて、ともるは調子のいいことを言っていた。
風がふいて真っ暗な夜の中、懐かしさと一緒にあの甘い空気も戻ってくる。
今、黒川先輩がどこで何をしているのかわからないが、彼もきっと持っているこの切ないまでの懐かしさが、彼のこれからを守ってくれるといいな。思った。
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