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くろは宣言通り、人として扱わなかった。
しかし、だからと言って奴隷のように働かせたり、暴力を振っているわけではない。ただ、そこにいて家族を癒すペットになのだ。
人でないから学校にも行かなくていい。くろはいつもぼーっとリビングにいて、私達が会社や学校に行くのを玄関まで見送り、帰ってきたら、「おかえり」といった様子で、私達をじっと見る。
夕方、ママが料理をしている時、私や弟はお手伝いをしないと叱られるが、くろはいい。「くろは?」と反抗的に聞いてみても、「ペットだからいいの」と返された。
理不尽だ。と思いながらも、彼は彼で役目を全うしているのだと、自分に言い聞かせるしかなかった。
それに、くろはペットだから私達と一緒にご飯を食べない。
しかも、知らなかったが、くろは驚くほどに食べるのが下手だ。
箸をうんと変な持ち方で握り、首を傾げ、下から口で掬いあげるようにして物を食べる。私達は、食べられないというより、食べたこのないものは口にしない警戒心の強い彼がなんとか、選んで掴んだ食べ物の行方を、首を傾げながら見守った。
スプーンもまるで先端に爆弾が取り付けらていれたかように、散らかして食べ、三歳の妹がお姉ちゃんぶって、「ちゃんとして」というほどだった。
あと、くろはお風呂を嫌った。
いかに、ペットとは言え、人としての尊厳は守るべきだとパパは思っているのか、毎日くろと大暴れしながらお風呂に入れた。
思春期だから照れているというより、本気で嫌がっていた。イケメンよ。それで、よく今まで変な匂いがしなかったな。風呂くらい入りなよ。と呆れる一方で、彼の背中にあるたくさんの火傷と傷あとを見て、何も言わなかった。
それと、くろは、ペットとして扱われることに何の不満もないようで、話す声を聞いたこともない。唯一、
「くろ、わん!」
と言うと、
「わん!」
と、返事をするだけ。妹と弟はたいそうこの遊びを気に入り、一日に必ず一回はした。
それを好機と思ったのか、三歳の妹はくろにやりたい放題だった。
髪を結び、おままごとに突き合わせ、顔中にシールを張られた時なんか、
クロ、ごめんよ。
と、先代クロに同じことをした私は心の中で謝りながらも、家族と一緒に転がりながら笑った。
彼は怒ることも、抵抗することもなく、少し困った顔で、妹の暴挙に付き合っていた。
ママはクロにオシャレさせたり、お買いものに行くのが好きだ。
ある時、くろがトレードマークだった長い前髪を切ってきたときには、分かってはいたが、隠されたイケメンが亞わらになり、みんなが、誰?!と叫んだ。
また、くろのお洋服を買い変え、とびきり魅力的になったくろを引き連れて買い物にでかけて、人々を振り向かせるのが快感のようだった。
パパは庭でコーヒーを飲みながら、好きな音楽をかけて、本を読みながら、時々足元に座っているくろを撫でた。くろは撫でてもらうと、気持ち良さそうに目を細めた。誰かがかまっていない時は、必ずと言っていいほどパパの側にいて、くろはパパのことが大好きだった。
そうして、犬としての役割をこなしていくうちに、くろはだんだん生き生きとし始めた。
「くろ!投げるよ!」
弟が声をかけると、くろは投げられたボールを拾いに走り、飛び上がって捕まえる。
「ナイスキャッチ!」
くろは嬉しそうに、駆け寄ってきてボールを弟に手渡した。
その姿が、弟がボールを投げたらすぐさま走り出していたクロの顔にそっくりで、私はちょっと切なかった。
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