進行方向は黒 10

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進行方向は黒 10

 あの、信号機ではなかった。異なるルートの、普通の信号機のはずだった。だが、表示されている色は、いや、表示されていない色は、  黒、黒、黒。すべてが、黒だった。  青、黄、赤。そのどれもが光っていない光景が、面前にはあった。  停電ではなかった。街灯や、民家からは光が漏れていた。信号のみが消灯していた。一昨日の、そして昨夜のあの信号機と同様に、自分の進行が拒否されていた。寸分も変わらない連日の光景が、目の前にはあった。  停車したまま、茫然自失の体で信号を注視し続ける。すると突然、ルームミラーに強烈な光が反射した。後続車がやってきたのだと知れた。  徐々に接近してきた車は自分の車の後ろにぴったりとつき、停車したが、寸時の間を置いてクラクションを幾度か鳴らした。意図を察することができずにまごついていると、次にはドアの開閉する音が聞こえ、何秒後かに窓が叩かれた。目を向けると、後ろの車の運転手であろう男性が窓を拳でノックしていた。  動揺しながらも自分は窓を下げ、男性と相対した。視線が交錯した後、年若く見える男性が自分に向かい、どうかしたんですか、と問いかけた。 「いえ、あの、信号が」自分の返答に、男性は怪訝な顔をした。「信号? 信号が、どうしたんですか?」 「信号が、機能してないんですよ。見てください」自分は信号を指差し、男性に異変を理解させようと試みた。 「ほら、全部真っ黒です。青も黄も赤も、なにも光ってないんですよ。おかしいですよね」  自分が指し示した信号機を男性は少しの間見つめていたが、ふたたびこちらに目線を戻し、口を開いた。訝しげな眼差しが、自分に真っすぐに向けられていた。
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