進行方向は黒 6

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進行方向は黒 6

 仕事を終え、工場の駐車場から出たのは、深夜の一時半だった。  同僚におざなりな挨拶をした後、駐車場を覇気なく歩き、疲労感に満たされた体を車のシートに預ける姿は昨夜と、いや仕事を始めた先月とまるで大差のない有様だった。自然につく溜め息すらも定型的であるように思え、帰宅できる安心感はあれど、充実感や達成感はごくわずかにあるだけだった。  明日もまた、深夜までの勤務をこなさなければならない。流れ作業の、足に乳酸を溜める仕事を。切り替えができないのは自分の悪い癖だった。今日これからの自由さより、明日も訪れるであろう憂鬱に意識が向くのは損な気質といえた。気分転換をするため、窓を開けると夜の空気が右頬に触れた。外気はひんやりと冷たく、頭に少しだけ冴えが戻ってくるのが感じられた。  そうして、時おり深呼吸をしながら運転を続けていた際、目の前に信号機が現れるのが見えた。昨夜、青信号のみが点灯しなかった、しかし今日の夕方は機能していた信号機だった。目線を若干上げ、表示を確認する。そこで、異変を感じた。  (……またか?)  田舎と街の郊外の狭間にある、街灯の光量の少ない地点。月の出ない夜空にぽつりと浮かんでいるように窺える、普遍的な信号機。その信号機にまた、色が灯されていなかった。電球が光っておらず、黒一色のまま、昨夜と同様に沈黙していた。思わず、車を止める。停止線よりだいぶ前で停車し、困惑に信号機を見つめた。  信号機は沈思黙考しているかのように何色も表示せず、機能不全に陥っている。ここに来るまでに通過した信号機のなかで、この一基のみが役目を果たさず、自分を交差点の前に釘づけていた。他に、車が通る気配はなかった。自分の車のヘッドライトだけが、一直線に道路を照らしていた。青にも黄にも赤にも電球を光らせていない信号機を眼前に狼狽しているのは、自分ただ一人の状況だった。  無機質な信号機を呆然と眺めながら、考える。夜気が首筋に触れ、思わず寒気を覚えさせた。この信号機の異常を連絡したほうがいいのか。いや、今日の夕方は確実に点灯していたはずで、それが夜半にのみ消灯するというのは、ありえるのか。聞いたことがない。しかし今、信号が消えているのは、確かなことで。自分が停止させられているのは、現実のことで……。
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