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進行方向は黒 8
仕事の休憩中に、自分は同僚の新島に話しかけた。シフトを共にする新島は通勤の際に自分と同じ道を通っており、昨夜もあの信号機を見かけたはずだった。
「新島。昨日の夜、あの道通ったよな? あそこの交差点の信号機、消えてなかったか」
そう尋ねると、スマホを使用していた新島はこちらにちらと目を向け、簡潔に言った。
「いや、普通でしたけど。普通に、ついてましたけど。赤と青が」
「仕事終わりに、夜遅くに通ったのか? あそこを?」力を込め、すがるように念押しした。信じがたい思いだった。
「その時、信号は普通だったのか? 普通に、点灯してたのか?」
「ですから、そうですけど」それに新島は少し顔をしかめるようにして笑い、返答した。
「普通に決まってるじゃないっすか。なんすか、変なこと聞いて。昨日も一昨日も、普通でしたよ。今日だって信号、別に変わりなかったでしょ」
話は終わり、とばかりに新島はスマホに再度向き直り、無言で操作し始める。その横で、自分は自分だけが幻にとらわれている感覚に困惑を隠せないでいた。
新島の言うことが本当であれば、信号が消えているのは、自分の時だけなのか。自分以外に誰も、あの信号機の不可思議さを知らない可能性があるのか。それが事実であるのなら、どうして自分だけが。どうして自分だけが、あの信号機に指示を与えられないのだろうか。
考えれば考えるほどに思考は迷宮に迷い込み、答えが見つかることはなかった。休憩が終わり、仕事に戻ったが集中することができず、ミスを連発した。助力してくれた年上の同僚の呆れたような視線を受けながらも、自分はあの信号機のことを思い浮かべていた。一定の速度で物を乗せて運ぶベルトコンベアの流れが、意識をどこか混濁させた。その日の勤務時間は、長いようで短く感じられた。
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