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進行方向は黒 9
工場を出たのは、深夜の一時半だった。
駐車場の端に置いた車に乗り込み、エンジンをかけ、停車していた位置から飛び出すようにアクセルペダルを踏んで車を発進させた。工場の敷地内から、車道へ。帰路の途中で左折し、進路を変えた。普段とは異なるルートを選ぶことにした。遠回りには違いなかった。だが、あの信号機の存在が、自分にいつもの帰路を選択させることに抵抗感を覚えさせていた。あの信号機を回避したい思いが、自然とハンドルを動かしていた。
あまり馴染みのない道を進みながら、考える。
たかが、一つの信号機ではあった。その信号機以外に異常はなく、昨日も一昨日もあの信号機を通過しさえすれば、後はいつもの平凡な道程だった。だが、その一つの信号機が連夜の異様な挙動を見せたこと、そして新島の「信号機は普通だった」という発言が、自分に懸念を抱かせていた。――信号機に拒絶されたのは自分だけなのだろうか、という、仕事中も脳裏に浮かんでいた閉塞感のある懸念を。
進行が許されなかった、交差点への円滑な侵入が叶わなかった。そのことに不安を覚え、ひいては疑心暗鬼になっている自分がいた。不安は不安を呼び、自分は今後、ずっと遠回りをして帰宅する必要があるのだろうか、などといった妙な心配すら芽生え、ハンドルを握る手に思わず力が入った。一人きりの帰宅には、どこか心細さが感じられた。
両側にぽつぽつと民家の見える片側一車線の道路を進み、ヘッドライトで前方を照らしながら着実に進む。月のない夜だった。街灯が、車道や歩道の木々に光を当てていた。深夜の道路には他の車は走行しておらず、一人きりの帰路だった。どこか精神が張り詰めていたせいか、昨夜ほどの疲労は感じてはいなかった。
そうして集中し、目を凝らして進んでいると、街灯の光に横断歩道が映し出され、交差点が迫っていることを思わせた。工場から出て最初の交差点だった。
ヘッドライトが照らす前方を視野に入れつつ、目線だけを上向ける。進んでいいのか、止まればいいのか。信号機を目視し、信号の色を確かめ、――自分は、急ブレーキを踏んだ。反動でシートベルトが体に食い込んだが、その痛みに頓着している暇などなかった。ハンドルを両手で強く握り、信号をただ、呆然と見つめるばかりだった。
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