ファースト

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 私の90年間の人生は、まさに完璧だった。挫折など一度も経験したことがない。  生まれてから一度も苦労することなくエリートコースを歩み、才色兼備の妻と2人の優秀な子供、そして可愛らしい6人の孫に恵まれ、今は大企業の会長職に就いて仕事を楽しんでいる。  私は常に幸運の女神に愛されてきたのだ。  ある日、会社で仕事をしていると来客があった。 「最後のご報告にまいりました」  『運命カスタマイズ』社の社員と名乗る黒服の男性から差し出された黒い封筒を開けると、そこには驚くべきことが記されていた。 「弊社の事情により 、お客様がこの封筒を受け取った瞬間に『運命カスタマイズ』サービスは終了いたします。私たちは90年間、お客様の人生から不幸を排除し、成功のみをもたらすよう細心の注意を払ってまいりました。長い間、ご利用ありがとうございました」  私の頭の中で、今までの人生が走馬灯のように駆け巡る。順風満帆だと思っていた人生は、全て作られたものだったのだ。自分の努力や才能ではなく、親の金で買われた幸せだった。    突如として、今まで感じたことのない感情が押し寄せてきた。これは...深い悲しみ? それとも、虚無感?  私は人生で初めて、「生きる」とは何かということを深刻に考え始めた。    90年間、私は本当の人生を生きていなかった。全ては、与えられた台本通りに生きてきただけ。  自分で選択し、失敗し、そして乗り越えるという、人生の醍醐味を一度も味わうことなく、ここまで来てしまった。  目から涙が溢れた。90年の人生で初めての、心からの涙だった。     黒服の男性は無言で深々と頭を下げ、部屋を去っていった。  きっと、私の顔には漆黒の絶望の色が浮かんでいただろう。  大きなため息をつく。その瞬間、視界が徐々に暗くなり、意識が遠のいてきた。    幕が永遠に下りようとしているのがわかった。       (了)
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