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朝が来る。光が地上を照らしだす。
その光に、ひとりの若い男が目を細める。
背に弓矢を負い、フードを被った狩人のような姿であったが、なぜか男がいるのは高い木の上だ。
太陽に背を向け、男はそこから遠く、一点を眺めやる。
大丈夫だ。あれは、動いていない。
それを確かめると、男はするすると木から下りた。背に負った弓矢を担ぎなおし、重心を調整してから林のなかを歩き出す。
途中で何ヶ所かの罠を見回る。鹿か兎でもかかっていないかと思ったが、そんなに甘くはなかった。空のまま所在なげに獲物を待つ罠にため息をつき、男は歩みを再開する。
かかる獲物がだんだん少なくなっている。
いや、そもそも動物、生き物の気配が薄くなっている。
……もう、ここもだめかもしれない。
考えをめぐらせる男の前に、小さな家が見えてくる。丸太を組み合わせて作られた小屋ではあるが、かなり年月が経ち、そこかしこが傷んでいる。
男がその扉に手をかけ、開くと、
「おかえりなさい」
朗らかな声がかけられた。昨夜の残りものを温めながら、彼の妻が笑顔を向ける。
「すまない。今朝はなにも見つけられなかった」
「まあ、大丈夫よ。パンあったかしら、あれも食べればいいもの。いま出すわね」
エプロン姿でくるくると動く妻に、男も自然に笑みがこぼれる。弓矢を立てかけ、フードと厚い上着を脱いで、男は食卓につく。
「では、食べるとするかな」
「どうぞ、あなた。さあ、パン切ったわよ」
妻がパンの籠を両手でテーブルに置く。
ふと、違和感を感じた。
妻の左手。その指先が、黒い。
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