みさきの九人(15日目・岬)

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みさきの九人(15日目・岬)

放課後。 いつも通り、満寛(みちひろ)十朱(とあけ)(しば)と教室で駄弁っていた時、僕はふと気になって聞いてみた。 「十朱と芝って、高校で初めて会ったの?」 何となく、そうではないような気もしていたが、実際はどうなのか。十朱と芝は、顔を見合わせる。十朱が笑った。 「俺と芝は、幼稚園の時から同じクラスなんだけどさ。実際つるみ始めたのは、小五の夏からだな」 妙に、細かく刻んで来る。疑問が顔に出たのか、今度は芝が口を開く。 「この前は日田技(ひたぎ)に昔話してもらったし、今度は僕らの話にしようか。よろしく、十朱」 「俺か!?まあ、いいか。さっきも言ったけど、小五の夏の話だよ」 目を剥いた十朱が一瞬芝を見たが、芝は涼しい顔をしている。十朱は気を取り直したように咳払いをして、話し始めた。 小五の夏に、隣町の海で野外活動があった。 二泊三日。よくある、専用の施設に泊まってやるイベント。俺と芝は、同じ班だった。芝とはずっと同じクラスだったけど、今よりもっと無口だったから、嫌なやつじゃないけど、どういう人間なのか何考えてんのか、よく分かってなかった。 昼間は、近くの施設に見学行ったり、昼飯にカレー作ったり、よくある活動して、楽しかった。昼の後は自由時間で、浜辺に出る。しばらくしてふと、浜の上にある遊歩道を見つけたんだ。公園に続いてるぽくて、行ってみようかって思ってたら、俺達より歳上、中学生くらいか、そんな年の子どもが九人、ぞろぞろその公園の方へ歩いて行くのが見えた。この真夏に、全員紺色っぽいコート着てて、あれ?って思った。最高尾にいた一人だけが、ゆっくりこっちを向く。顔が見えるなって思ったら、後ろから声掛けられて、振り向いた。芝だった。 「うお!何?」 「何見てたの?」 俺は今見てた九人の行列のことを話して、芝とまた遊歩道を見上げたけど、もう誰も居なかったんだ。 「あれぇ?おっかしいな。嘘じゃないからな。本当に九人いて、」 嘘つきだと思われるのも嫌だから、俺は必死で説明した。自分でも変な集団だと思ってたから、余計に。芝は予想に反して、そんな俺を見ても疑いの眼差しとか、一切向けて来なかった。 「不思議だね」 と言って、何故か嬉しそうに笑った。実は芝は幼稚園くらいから、俺と同じように怪談やオカルト好きだったらしい。その流れで、今晩にやる肝試しの話になった。俺はこれも楽しみだったけど、芝もそうらしい。どんなルートなのか、おどかしはどんなかとか、いろんな話をした。 「でも、海と言えば、『七人みさき』を思い出すね」 「七人みさき?ああ、生きた人間を殺すと一人成仏して、死んだやつがまた仲間になる、ってやつだっけ」 芝が、嬉しそうな目をした。こいつ本当にこういう話好きなんだな、と思ったら俺も嬉しくなった。同時に、さっきの九人も思い出す。七人みさきみたいだな、と思ったけど、九人もいて七人みさきも何も無い。さっきのは、皆急に走ったか、ここからは見えないどっかの道でもあってそこに行ったのだろうと思い直して、考えるのを止める。芝ともっと話してみたいと思った時、自由時間終了の笛が鳴った。 夜。 待ちに待った肝試し。二人一組で、一本道を歩いて行き、その行き止まりにあるお地蔵様の前に先生が作った御札の紙を置いて来る、ってルール。おどかし役は先生たち。組は、その場のくじ引きで、芝と組むことに決まった。順番は、一番最後。一本道だし、みんな、わーきゃー言いながらもさっさと帰って来る。でも、段々おかしいな、って話が出てきた。 「全身びしょ濡れの人、めちゃくちゃ雰囲気あって怖かった!何先生だろ?」 帰って来た全員が、口を揃えてこう言う。びしょ濡れで更に暗い色の布を被ってて、顔が見えなかったそうだ。しかも、出現場所が、組によって違ったらしい。おどかし役の先生だちは、おどかす場所は全員決まってて動いたりしない、って言ってたはずなのに。せっかくの野活だし、サービスしてくれてるんだろうか?終わった組もまだの組も、俺たちをまとめてくれてた先生さえも、首を傾げてた。でも、いよいよ俺たちの番。懐中電灯を手に、芝と並んで出発する。 「全身びしょ濡れ、なんて先生もよくやるよな。どこで会うんだろ」 「うん……」 「どうしたんだよ、急に静かになって。ビビってる?」 真面目に聞くと、芝はうーん、と唸りだす。マジで何。 「……それ、本当に先生なのかなって」 「え、」 考えないようにしてたことを言葉にされて、俺は一気に動揺した。足が止まる。 「十朱を怖がらせようとして言ってるんじゃないよ」 芝も足を止めると、俺を見て、ゆっくりそう言った。それは俺にもちゃんと伝わってたから、頷く。 「分かってる」 「とりあえず行こう」 芝がまた歩き出したから、俺も足を動かす。段々、異変に気付く。 「先生たち、全然出て来ないな」 「うん」 そろそろ一人くらい出て来ても良いのに。二人で黙っていると、どこか遠くから、波の音が聞こえてくる。芝がぴたりと、足を止めた。 「どうした?」 「しっ!」 芝は急に俺の手を掴むと、道を外れて岩の陰に向かった。 「なに何!?急に!」 「静かに。何か来るみたいなんだ」 「何か、って、先生だろ」 「もう少し待って」 あんまり芝が冷静に堂々としてたから、俺は気圧されて、口を閉じた。懐中電灯も切るよう言われたから、言う通りにする。じっと黙っていると、ザッ、ザッ、ザッ、と足音が複数聞こえた。時おり、リーン、と鈴みたいな音もする。先生じゃない。そう思った。芝と顔を見合わせて、岩の陰から音の方を見る。青白く光る九つの人影が、一列でやって来る。昼間の九人だ。全員が、今水から上がって来たようにびしょ濡れ。周りには、青白い火の玉みたいなものがいくつか、ちらちら揺れているのが見える。みんなが言ってたのは、これ?一気にゾワッとして、冷や汗が流れた。 「……昼間の九人だ」 呟くと、隣で驚いた気配が伝わって来る。そのまま通り過ぎると思ったのに、九人はそこで止まる。俺は岩の陰に隠れ直した。芝も。 「……いる……」 「近い……」 低い声でぼそぼそ言いながら、歩き回る音がした。俺を探している。昼間、見たから。そんな気がした。心臓がバクバクする。この岩に近付いてくる。見つかると思った時、芝が突然立ち上がり、九人に向かって何かを投げ付けた。いきなりだったから、俺は声も出ない。九人はそれを拾うと、もうこちらには見向きもせず、何事も無かったように歩き去っていった。鈴の音も遠ざかり、波の音だけが残った。 「し、芝……何投げたんだ」 「昼間行った施設で買った人形。に、十朱の名前書いた紙と髪の毛貼ったやつ」 「髪の毛?いつの間に」 「同じ部屋でしょ、僕たち」 なんつーか、九人がヤバいと思ってたけど、こいつもヤバいんじゃないかと思えて来た。腰が抜けた俺は、その後お地蔵様の元へ着くまで芝に手を引いてもらった。先生たちには道中無事に会えたけど、もう怖がる余裕も無い。それからは、昼でも夜でもあの九人は見なかった。 「七人みさきと同じようなモノだったのかもね、あの九人も」 帰りのバスで俺の隣に座った芝は、ぽつりとそう言った。 「九人もいるとか聞いてねえ……七人にしとけよ……」 正直な感想だったが、芝は声を出して快活に笑った。前後の席のやつらが、何事かとこっちを見て来たくらいには。 芝とは、この一件からつるむようになった。前までと同じで無口であんま話さないけど、不思議と気にならなくなったのだ。 「って話だな」 十朱は話を終える。少し照れたような顔をして。 「……芝が凄い」 僕が言うと、芝は首を横に振って笑う。 「あの昼間に、十朱がヒント全部教えてくれたから出来たんだよ」 十朱はペットボトルの水を飲んでから、芝を顎で示す。 「実は宿泊施設のあった地域に、七人みさきに似た話が伝わっててよー。芝のやつ、帰ってきてから言うんだぜ?」 「見学した施設の隅にあった、古い冊子に書いてあっただけだからね。言ったら絶対怖がっただろうし」 芝は困ったような顔で笑いながら言った。 「昔から冷静だったんだ」 「十朱が怖がってるから、返って落ち着くんだろうね」 「納得出来ねえよなー……」 「分かりやすくて良いだろ、その方が」 満寛もそう言って来たことに、十朱は驚いたような顔をする。 「弓守(ゆみもり)まで!」 芝はそれを見て、笑っていた。
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